飛行機ネタ 興奮!まるで旅客機博物館、イランのエアライン事情(2月15日 曇りのち雪 3℃)

春は遠く・・。

日中から雪続く。

湿った雪なのか、夕方まで道路は積らなかったが、それ以降はあっという間に真っ白に。

「南岸低気圧」の通過で予報はされていたけれど、この冬は積雪量はともかく雪の日が多い気がする。

日差しも全くないから気温も上がらず、陰鬱な冬の一日だ。

昨日が快晴だったので、余計そう感じる。

幸い今日は「在宅」だったので、わざわざ外へ出ることもなく・・と思っていたが、しまった!買い物していなかった!

それを思い出したのが夜になってからで、外は既に5センチくらい積っており大粒の雪が降り続けていた。

私は「買い物上手」ならぬ「下手」なのか、何日分と買い置きすることが苦手。

食事は自炊しているが、料理も下手で基本的に「焼く」か「煮る」かで下ごしらえは出来ない。

また量分もわからないので、材料はその日の分ずつしか買わないし、おかずの半分は冷食やレトルトである。

しかも魚や野菜の処理は事実上不可能で、出来合いの物しか使えない。

こんなことなら母に最低限の料理を習っておくべきだったと後悔しきりだが、後の祭りである。

そもそも今日は何にするか・・と言う事さえ、スーパーで決めるから買い置きはしにくいのだ。

貧乏だから値引きしたお惣菜を買う事が多く、予め決めて置くことは難しい。

止むなく傘を差して1キロほど先のスーパーに行ったが、案の定道路はいわゆる「シャーベット状」の雪で歩きにくい。

滑りやすいし、既に融けかかっている所など深い水たまりのようになっていて、うっかりすると靴ごとドボンだ。

傘にも雪が積もって重いし、何とも始末の悪いベチャ雪である。

正月以来いつまでも残っていた残雪がやっと融けたかと思っていたが、これでまたしばらく足元に気を取られることになりそうだ。



深夜に雪は止んだようだが、明日朝気温が下がって路面凍結になりそうだ。

珍しく早い時間から、融雪剤散布のトラックが行き来していた。

家に入れば、雪明りでボーっと光る夜景が美しい。

雪灯りは何故か、うっすらとグリーンを帯びた色に見える。

気象台が今年の桜開花予想を発表したが、仙台は平年並みかやや早い4月3日頃だと言う。

あと1が月半後と言う事になるが、今日の風景と寒さを見たらとても桜の事など思い浮かばない。

冬は辛いものだが、美しい季節でもある。



元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

雪は大丈夫でしたか?

特に帰り道は大変だったと思いますが、どうでしたか?

君は雪道は慣れていると思いますが、今日の雪は水分が多く、足元が濡れたのではないですか?

寒さや雪の季節は、まだしばらく続きそうです。

体調管理には充分気をつけて、毎日を暖かくして過ごして下さい。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。


梅の花 散らす冬風(あらし)の 音のみに 聞きし吾妹を 見らくしよしも(万葉集巻八 1660 大伴宿禰駿河麻呂)






飛行機ネタ。

「それって、あなたの個人的感想ですよね?」

最近ネット上などで良く見かける言葉だが、情報が溢れる現代にあって「主観と客観」の区別が公私ともどもつきにくくなっているように思う。

国際情報に至っては、以前からそれが顕著で情報を「鵜のみ」にしてしまう事に気付かない事も多い。

先日アメリカのある経済紙の電子版が、1枚の衛星写真を掲載し、専門家の分析が加えられていた。

その画像は、空港の片隅に乱雑に置かれた旅客機らしきものが何機も映っていた。

それらは駐機しているように綺麗に並べられておらず、どちらかと言えばただ置いただけのようで、素人が見ても使われていない機体のように見える。

いわゆる「ジャンク・ヤード」「ストックヤード」と呼ばれる、用廃機置き場らしい。

土地の狭い日本では数が少ないが、世界には「旅客機の墓場」などと呼ばれるジャンク・ヤード、ストック・ヤードがたくさんある。

これらは退役してスクラップされるのを待つ機体ばかりでなく、モスボールと言って機体の隙間や窓などを樹脂材で充填し「密封」して保管する機体も多い。

保管機は中古機として買い手を探したり、いわゆる「パーツ取り」で買い取られることもある。

またコロナ禍では退役ではないものの、当分使わないことからしばらくの間保管してもらう機体もある。

基本的に自前の空港を持つエアラインはなく、通常敷地を借りて使う訳だが、使わない機体を何機も置くスペースは限られるし「駐機代」もかかる。

なので遠くであってもストック・ヤードに預けた方が、費用が少なくて済む場合もある。

公開された画像は、イランの首都テヘラン近郊にあるメハラバード国際空港の一角だった。

同空港は近年までイランの中心空港だったが、新しい「エマーム・ホメイニー国際空港」が開港したため、国際線の多くはこちらに移転。

現在メハラバード空港は、主に国内線とチャーター便が中心となっている。

またイラン空軍の基地も併設されており、フラッグキャリアイラン国営航空などの拠点空港でもある。

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1-1-1-44 A330-200_IRANAIR CABIN(EP-IJA).jpg ↑(4枚)イランのフラッグキャリア、イラン国営航空のA330-200とビジネスクラス、エコノミークラスのキャビン。80年以来40年間も続くアメリカ主導の経済制裁で、イランにとって40年ぶりの新造機。15年に制裁の一部が緩和され、イラン政府はエアバスだけでなくボーイングとも合計100機以上の発注を行った。しかしトランプ政権が再び制裁を強化したことで発注は宙に浮いた形となった。辛うじて導入されたのが2機のA330と1機のA321で、イラン到着後は政府主催で盛大なセレモニーが開催された。導入に合わせて新塗装が施される程だったが、現在はA330のみに留まっている。世界では標準となっているキャビン仕様も、イランにとってはもちろん初めてのものである(ウィキペディア英語版より)

画像を見るとなるほど、大小の旅客機が20機前後乱雑に置かれていて、少なくとも現役機材ではなさそうな事が分かる。

画像を開設した専門家は、「イランは経済制裁で機材を海外から購入できない状態にあり、機体の老朽化は深刻化している。何とか延命措置を施す為に、飛べなくなった機体を集めて、そこから使えそうな部品をはぎ取って、現役機の整備や修理に充てているにだろう。」と指摘した。

ある意味的確は判断と言えるが、それが全てと言うには疑問の余地もある。

イランは79年の「イスラム革命」の後、いわゆる革命勢力がテヘランにあるアメリカ大使館を襲撃・占拠すると言う「アメリカ大使館占拠事件」が起こった。

この事件を機に、アメリカはイランと断交。その後イランが数々の国際テロに関与したとして「テロ支援国家」に指定し、同盟国に経済制裁を強要した。

更にイランは「核開発」疑惑が明るみになり、アメリカはより強くイランを圧迫させてきた。

イランもまたこうしたアメリカに強く反発しているが、40年経った現在まで経済制裁は続いている。

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1-1-1-44 Iran_Air_Airbus_A321_(EP-IFA).jpg ↑(2枚)A330と同じく新造機として導入されたイラン国営航空のA321(ウィキペディア英語版より)

アメリカはオバマ政権時代に、核査察の合意を得たとしてイランと直接交渉を再開し、規制緩和に動いたが、トランプ政権はそれを覆し合意文書から一方的に離脱して、経済制裁の強化を復活させている。

こうした経過から、イランと言うとどうもダーティなイメージが付きまとい、何かと騒ぎを起こしたがる国だと思われている。

だがこうしたイメージは、アメリカから発せられた情報が元となっている事が多く、非常に濃い色のフィルターを通して見ている部分は否めないのである。

核開発疑惑も、イランは原子力発電などの平和利用のためであって「核兵器」は明確に否定している。

査察も受け入れているにも関わらず、アメリカはイランの意見を聞かず、状況を見ようともせず決めつけているのだ。

実際トランプ前大統領は、「査察など必要ない、我々はイランの真実を知っている」として受け入れる姿勢を見せなかった。

1-1-1-44 B707-320B Iran_Air.jpg ↑帝政時代のイランはアメリカと良好な関係を保ち、豊富なオイルマネーで軍民共最新の機材を導入していた。B707-320Bも中東諸国ではイラン国営航空が最も早く導入したエアラインの一つ(ウィキペディア英語版より)

核開発に関しては、アメリカの同盟国でありながらもトルコ、ブラジル、エジプトなどが「平和利用のための核開発」はイランの権利だと支持していることからも、アメリカはただただイランを敵視しているに過ぎないのである。

アメリカの経済制裁は徹底的で、そして執拗で、近年トランプ政権が日本へもイランからの原油輸入を止めるよう求めて来たことは記憶に新しい(日本は同調していない)。

それは飛行機にも大きな影響を与えており、アメリカ製はもちろんのこと、そうでなくともアメリカ製の部品が使われている機体すらも輸出・販売を禁止している。

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1-1-1-44 Iran_Air_Fokker_100_cockpit.jpg ↑(3枚)イラン航空とアーセマーン航空のフォッカー100とコクピットの様子(イラン航空)。生産停止になって久しい同機だが、機齢は比較的新しく運航コストの安いリージョナル機としてイランでは重宝されており、30機近くが現役として運用されている(ウィキペディア英語版より)

厳密には「アメリカ製」だけでなく、アメリカが「開発」したものまで対象にしており、そういう意味でイランは航空機の購入は殆ど出来ない状態にある。

ただこれは「表向き」のことであり、もし完全な制裁ならば、現在のイランには旅客機は殆ど「0」になっている事になる。

だが現実にはイラン国営航空を始め、複数の民間エアラインが存在し運航している。

最も機材は確かに古く、先のジャンク・ヤードから一定の部品を供給している事も事実ではある。

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1-1-1-44 A320 IRANAIR-EP-IEG_JA202A.jpg ↑(2枚)イラン航空のA300B4CとA320-200。A300はレアな貨客両用の「C」型で、旧日本エアシステムでJA8237として使われていた機体。下のA320も元JA202Aで、全日空で使われていた機体だ。JA8237は筆者も何度か乗った事があり、現在も遠くイランで現役にあると思うと感慨深いものがある(ウィキペディア英語版より)

しかし用廃機から、まだ使えそうな部品を取ることはイランに限った事ではなく、国際的に珍しい事でもないのである。

これだけ聞くとイランの飛行機は怖くて乗りたくない・・・と思うだろうが、新しいものが安全で古いものは危険と言う根拠のない勘違いだ。

要は基準を満たす安全性があれば問題ない訳で、いくらイランでも穴のあいたままの機体やエンジンが故障したまま飛ばす様な事はしていない。

逆に制裁によって、空港管制やレーダーの設備が古く故障したり、国際標準の最新鋭機材が制裁で買えないことで「やや危険」なこともなくはない。

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1-1-1-44 MD-82-Iran_Airtour,_EP-MDE.jpg ↑(2枚)国内線用のATR72-600とイラン航空の子会社、イラン・エアツアーズのMD-82。同社はイラン航空のLCC部門と紹介されることがあるが、元々はチャーター部門で現在はイラン航空便として、主に近距離線の定期運航を行っている。イランの航空運賃は国で管理され、距離当たりの単価は世界一安いと言われており、基本的にLCCは存在しない(ウィキペディア英語版より)

確かにイランでは、旅客機の事故が時折発生しているが、原因の殆どは人為的ミスであり機材自体が原因であることは稀なのだ。

イランの面積は約165万平方キロ、日本の約4倍強の広い国土を持つ。

その地勢・気候は非常に変化に富んでいて、標高5,000メートルを超える高山を持つ山脈があるかと思うと、イメージしやすい酷暑の砂漠もある。

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1-1-1-44 Dasht-e_Lut_desert_-_Kerman.JPG ↑(2枚)万年雪を抱く、イラン最高峰ダマーヴァンド山(標高5,610メートル)。北部国境地帯アルボルズ山脈にあり、アジア最高峰の活火山でもある。首都テヘランからは約70キロに位置し、市内からも見ることが出来る。下は南部のルート砂漠で、世界自然遺産に登録されている(ウィキペディア英語版より)

北側は山岳地帯で冬は雪が降り寒さが厳しいが、ペルシア湾岸の南部砂漠地帯は1年通して乾燥した暑さが続く。

人口は約8,400万人、首都テヘランは都市圏人口約1,300万を誇る大都市である。

誰でも学校の歴史で習った記憶があると思うが、歴史は古く今から約2,500年前にはアケメネス朝ペルシアが興り栄えた。

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1-1-1-44_tehran.jpg ↑(4枚)イラン・イスラム共和国の首都テヘランの街並み(ウィキペディア英語版より)

国内にはこれらの時代からの遺跡が数多く残り、世界遺産も多数持つ。

産業は原油を筆頭に、農業・工業も盛んで、農作物の輸出も多いほか、自動車の生産も出来る。

長引く経済制裁は「自助努力」の力を付け、航空産業も比較的発達した。

これまで何度か書いて来たが、まさに涙ぐましい程の努力を重ねて維持して来た。

王制時代はアメリカと密接な関係にあったため、武器を始め旅客機も最新鋭機が優先的に導入することが出来ていた。

豊富なオイルマネーがあったおかげだが、一方で国民に還元されないことが不満となり革命を引き起こす結果となってしまった。

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1-1-1-44 B747SP IRANAIR-EP-IAD.jpg ↑(3枚)イラン航空と言えばB747SP。僅か45機しか生産されなかった超長距離モデルで、帝政イラン時代に導入された。以降同社最長の航続距離を持つフラッグシップとして活躍し、20年以上日本線の主力としても運用された。10年代に事実上退役したが、今なお同社に登録されたままで、昨年メハラバード国際空港の同社ハンガー(整備格納庫)で2機が整備中の姿が確認されている(ウィキペディア英語版より)

長期に及ぶイラクとの戦争で、国内は経済も国民も疲弊し、復興には長い時間を必要としたが、飛行機に関してはロシアや中国などと関係を強化することで一定の技術や支援を取り付けていた。

例えば90年代から00年代にかけては、アメリカ機が老朽化・戦争の影響で殆ど飛ばす事が出来ない状況になっており、ロシアからリースや格安で旧ソ連機を購入していた。

ちょうど旧ソ連が崩壊した後で、ロシアには多くの旧ソ連機が余剰になっていたからだ。

1-1-1-44 B747-200M Iran_Air.jpg ↑イラン航空のB747-200M。同機も近年退役した。時を同じくして退役した100型とともに空軍に移籍しており、空中給油機の改造を受けて現役にあると思われる。日本線でも機材変更で飛来した事がある(ウィキペディア英語版より)

だが長らく欧米製を使って来たイランにとって、ロシア機は性能やそれこそサービス体制には不満だったようで殆どの機体は数年以内に退役もしくは返却され、イランが取った道は「再生」と非公式での調達だった。

それによって70年代まで導入されたアメリカ機は再生され、「ヨーロッパ製」であるエアバス機やATRなどを中古で購入するようになる。

現在イランにはフラッグキャリアのイラン国営航空を筆頭に、10社以上の定期便及びチャーター運航を行うエアラインが確認できる。

先のニュース記事のように、いわゆる「共食い」状態でしか維持できないならば、これだけのエアライン自体運航することはほぼ付加のプである。

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1-1-1-44 A300B4-605R,_Iran_Air_EP-IBB.jpg ↑(3枚)高需要路線の輸送力を支えているのがワイドボディ機のA300。画像はイラン航空のA300-600Rで10機前後が現役として運用され、国内幹線の他近隣諸国やヨーロッパ線でも運用されている。世界的には数が少なくなったA300だが、イランでは貴重なワイドボディ機として重宝されている。下の2枚は最近出現した新塗装機で「Iran Air」のロゴが拡大されている(ウィキペディア英語版より)

つまり欲しいものを簡単に入手できないには違いないが、現状維持は何とか出来ている訳で、第三国を通じて機体や部品を調達している証であろう。

イランは国土が広く、かつ道路や鉄道と言った地上交通網が比較的未熟なこともあって、航空路は重要な国家戦略になっている。

また産油国でもあるため、航空運賃は距離当たりが世界で最も安いと言われている。

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1-1-1-44 A320-Iran_Air_ER-IEE.jpg ↑(3枚)イラン航空のA310-300とA320-200。A310は貴重な長距離機で、イラン航空の他長距離路線を運航する民営のマハーン航空でも複数が現役にあり、ヨーロッパなどでも頻繁に目撃されている。上の機体のエンジンカウルに注目。前部と後部の色が違っており、イラン航空のオリジナルでは全面グレーのはず。白いのはマハーン航空の塗装で、部品を相互で融通し合っている証拠。もちろんエンジンは共通でCF-6を使っている。A320は国内線、近距離国際線で使われている(ウィキペディア英語版より)

国が重要な交通手段としてエアラインを支援している事が大きく、正直どのエアラインも赤字経営である。

それでも飛ばす必要があるため、国が管理して運航を継続させている。

その為「使える機体はなんでも」と言う色も出ており、まるで「旅客機博物館」の様相を呈している。

面白いのは各エアラインの保有機数や機材が、頻繁に入れ替わる事。

それも半年、一年単位の事も多く、あるエアラインで活躍していた機材が全機退役したかと思うと、別のエアラインが突然それまでとは違う機材にまるごと入れ替わっていたりするのである。

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1-1-1-44 A340-600 Mahan_Airlines,_EP-MMQ.jpg ↑(2枚)イラン第二のエアライン、マハーン航空のA340-600。91年に設立された民営のエアラインで、現在は54機保有し内外合わせて54都市に就航する。規模としてはイラン航空よりも大きく、対外的な目的もあって長距離国際線は同社が担当する事が多い。今や絶滅危惧機となったA340-600を現時点で14機保有し、その数は世界最大。イラン国内でも最も大きく長距離を飛べる機材だ。導入開始時は元ヴァージン・アトランティック航空機が多かったが、最近各国で退役が進んだため元イベリア航空機なども導入されている(ウィキペディア英語版より)

いくら古い機体でも、簡単に入れ替えすると言うのは常識的にはあり得ないことだ。

そのカラクリは、国が管理することで機材をエアライン同士で交換させているのである。

もちろん独自に導入した機体もあるが、いつしか別のエアラインの塗装になって運用されている事は珍しくないのである。

1-1-1-44 B747-400_MAHAN AIR.jpg ↑「激レア」機、マハーン航空のB747-400。イランで唯一のB747-400だが、現在はラインから外されている。イラン初の400型だったが、部品供給など問題があったのか運用期間は短かった。しかし完全に退役したわけではなく、10年近く保管状態にある。同社は300型も運用していた時期があったが、やはり短期間で退役した。機材や部品は主にトルコとロシアからの輸入が中心だが、両国ともB747の運用数が少なく、その辺も関係していたようだ(ウィキペディア英語版より)

ファンにとっては垂涎の国、と言えそうだが、欧米との関係や厳しいイスラム主義で個人の人権や言論の自由が許されていない国でもあるので、興味本位で訪れることは難しい。

途上国にはありがちな、空港施設での写真撮影は禁止。

空港内で記念撮影程度は大丈夫と言う情報もある半面、いわゆる「スポッティング」と呼ばれる写真撮影は「スパイ容疑」をかけられかねない。

その為同国のエアライン事情をリアルで知る情報は限られているが、ロシア・トルコを始め、ヨーロッパやアジアに国際線を運航するエアラインも多く、そうした地域でイラン機が目撃されている。

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1-1-1-44 A310-304_Mahan_Air_EP-MHO.jpg ↑(5枚)マハーン航空のA340-300とA310-300。前者は4機、後者は10機保有し、A310の現役機保有数は世界最大。A340-600を補完するように髙需要路線、長距離路線で運用されている。長距離ワイドボディ機の数はイラン航空よりも多く、同社の役割を表している(ウィキペディア英語版より)

最も最近のイランでも飛行機趣味の人は少なからずいるようで、どう見ても空港周辺で撮影したとしか思えない貴重な写真がネットを通じて出回るようになっている。

どうやら巡回する警察に見つからないよう、建物の中から望遠レンズを使って撮影することが多いようだが、大丈夫なのだろうかと思う。

こうした人々のおかげで、驚くような機体の情報が得られる事も多いのである。

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1-1-1-44 BAe-146-300_MAHAN AIR.jpg ↑(4枚)マハーン航空が国内線・近距離国際線で運用するA300-600R、A320-200、BAe146-300。2枚目のA300-600Rの塗装に注目。胴体下部がグレーに塗られているが、これはイラン航空の標準塗装で、マハーン航空のそれは全面白がベース。すなわちこの機体は元々イラン航空で運用されていたことが分かる。国内のエアライン同士で機材をやり取りするのは、イラン独特と言えよう(ウィキペディア英語版より)

とは言え、当局も趣味に関してはいくらか寛容になっているらしい部分も窺われる。

イランではつい2~3年前まで、B727やB707、B747クラシックが現役にあった。

世界のファンから最も注目を浴びていたのは、アーセマーン航空のB727とサハ航空のB707で、世界で唯一旅客機として運航されていた。

退役が近付くにあたって、イラン国内はもとより、世界中から最期の姿を求めてファンがイランを訪れた。

1-1-1-44 Tu-204-120,_Mahan_Air_(Cairo_Aviation).jpg ↑気付けば「激レア機」だったマハーン航空のロシア機、ツポレフTU204-100。種を明かせばエジプトのエア・カイロからごく短期間のウェットリース運航だった。それでもマハーン航空のフルカラーが施され、意外と似合う(ウィキペディア英語版より)

当局はそれを承知の上で、空港や機内での動画撮影を許可、と言うよりも何も言わない事にしたようで、Youtubeには多数の動画がアップされている。

中にはメハラバード空港をタキシング中に、一角に駐機していた空軍機などを機内から撮影したものもあったが削除されなかった。

それで少しでも儲けになれば・・と言う事だったのだろうか、イラン国内でも両機種の退役は結構話題になったと言う。

21世紀になってもなおB707が現役にあった事は驚き以外何ものでもないが、実は退役後も残存している。

一応エアラインの籍は抜けたものの、機体自体は保管もしくは軍用機として運用されているのである。

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1-1-1-44 B727-286-Adv,_Iran_Air_EP-IRS.jpg ↑イラン航空のB727-200(ウィキペディア英語版より)

ちょうど2年前の事、イラン北部で墜落事故が発生した。

事故を起こしたのは空軍に所属するB707で、訓練ではなくキルギスタンから食料を輸送している途中のことだった。

イラン空軍はその詳細は明らかにしていなかったが、輸送していた食料は軍用ではなく民間向けだったと言う話もある。

珍しく当局は墜落原因の調査を公表し、天候不良による操縦ミスだったことを明らかにした。

更に事故現場の様子もニュース映像として公開したが、それに映っていた機体は軍用機の塗装ではなく退役した「サハ航空」のものだった。

同社のB707は17年に退役したとされるが、それ以前にも「一旦」退役し「復帰」した経緯を持つ。

1-1-1-44 B707-3J9C,_Saha_Air.jpg ↑つい最近まで「旅客機」として現役だったサハ航空のB707-320C。貨客両用型で同社から退役後はイラン空軍で使われている。同機は空軍とエアラインを何度も「行ったり来たり」しており、尾部に見える突起は軍用機時代に空中給油装置を取り付けていた基部だ(ウィキペディア英語版より)

退役間近に撮影されたB707を見ると、胴体尾部にはオリジナルのB707にはない突起物が追加されているのが確認できる。

実はこれ「空中給油」装置の一部で、同社で運用されていたB707は貨客両用型の「300C」で空軍では空中給油機として使っていた機体である。

サハ航空ではそうした装置を外し、通常の旅客機として運用していたのだ。

そして退役後は再び空軍に戻り、給油機や輸送機として使われていたのだ。

現在エアラインでB707は運用されていないが、空軍には10機以上が在籍しており、全てC型である事が注目される。

純粋な貨物型ではないので、上記のように多少手間はかかるが旅客機への転用が可能なのだ。すなわち今後機材不足が生じれば、再復帰の可能性も充分あり得るのである。

さすがに古過ぎて国内線でしか運用できないが、そうした奇跡の様な事がイランでは起こりえる訳である。

B727もあちこちで保管されている姿が目撃されているので、完全に消滅したとは言い切れない。

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1-1-1-44 ATR72-500 ASEMAN.jpg ↑(5枚)80年に設立されたアーセマーン航空は、イラン航空に続く2番目のエアラインで、初の純民間エアライン。国内線用として運用していたB727は、つい数年前まで現役にあり、退役直前には海外からも多くのファンが訪れた。機体は元イラン航空の機体が多く、現在も保管される機体がある。20機保有し、約50都市に就航する。最大の機材はA340-300だが、長距離線の運航はなく、ロシアやアジアの高需要路線に投入されている。4枚目はA340のビジネスクラス、5枚目は国内線で使われるATR-72-500(ウィキペディア英語版より)

B747クラシックでは、00年代初期までイラン航空がB747SPを運用していたことで知られるが、現在も運用は退いたものの「保管中」である。

同社は最後まで同機を現役で飛ばしていて、最終的には4機保有していた。

この他100型と200型も長年運用していたが、現在外れているもののやはり保管状態にある。

B747も空軍が給油機・輸送機として運用しており、イラン航空籍のB747が移動していると思われる。

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1-1-1-44 B747-200C-Iran_Air_Cargo_.jpg ↑(2枚)イラン航空のB747-200C。オランダのマーティン・エアが発注・運用した機体で、僅か13機しか生産されなかった。貨客両用型で純貨物型と同じくノーズカーゴドアを持つ。ほとんどの機体は貨物機として使われたために、客室窓を埋めたが、イラン航空の機体はそのまま残されている貴重なC型である(ウィキペディア英語版より)

近年数を増やしているのがエアバス機で、イラン国内ではかなりの数が運用されている。

アメリカ機は導入しづらいから当然とも言えるが、最も初期のA300やA310も現役である。

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1-1-1-44 A300B4-203(F),_Iran_Air_Cargo_EP-ICF.jpg ↑(4枚)イランはA300がお気に入りのようで、制裁下で何とか入手できる貴重なワイドボディ機として世界中からかき集めている。旅客機としては新しい600が主力だが、予備機として第一世代のA300B2/B4も残存している。上2枚はイラン航空のA300B2だが、2枚目の機体は「A300B2-200FF」と言う「激レア機」。第一世代のA300は航空機関士を含む3人乗務機だったが、後期生産機ではオプションとして600と同じグラスコクピットを持つ2人乗務の「FF」が用意されており、従来機にもレトロフィット出来るようになっていた。下2枚は改造機の貨物機200Fで、いずれも現役。イランにはA300のほぼすべてのバリエーションが存在し、他機種も含めて「旅客機博物館」のようだ(ウィキペディア英語版より)

16年、EUが制裁の一部を解除したことで新造機の導入が可能となり、イランは政府主導で大量発注に動いた。

当時のロウハニ大統領が自らフランスを訪れ、エアバス社と100機以上の発注契約を交わした。

A320シリーズ数十機の他、A330・A350まで含まれていた他、ボーイングとも数十機の発注に関する覚書を交わしている。

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1-1-1-44 A319-Meraj_Airlines,_EP-SSL.jpg ↑(4枚)10年に設立されたメライ航空のA300-600R、A320とA319(下)。8機・24都市に就航する小規模のエアラインだが、機体に描かれた「ペルシアン・チーター」のイラストが衝撃的で格好良い。国内幹線の他、トルコやUAEなどの国際線も運航し、ワイドボディ機A300が投入される。同社は現在イラン政府の専用機の運航も委託されている(ウィキペディア英語版より)

しかしその後トランプ政権がイランへの規制を強化したことから、導入計画は暗礁に乗り上げている。

エアバスからは17年にA330-300を2機、A321を1機受領した後のことだったが、EUもアメリカに追随した形になっているのでその後納入は停止されてしまった。

ただ未公表ながら、エアバスとの契約は白紙化されておらず、今後状況が改善されれば納入が再開される可能性が高い。

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1-1-1-44 A319 QESHM AIR EP-SAS.jpg ↑(2枚)93年に設立されたケシェム航空のA300-600RとA319。国内線が主力だが、A300は国際線にも投入される。画像のA300は強豪サッカーチーム「ペルセポリスFC」の特別塗装機で、同社はスポンサーを務めている(ウィキペディア英語版より)

A330・321は、イランにとって30年以上ぶりの「新造機」であり、テヘランに到着した際には運輸大臣など政府閣僚も参加した派手なセレモニーが開催された。

現地メディアでも大きく報道されたようで、その喜びは大きかったようだ。

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1-1-1-44 A321-Meraj_Air.jpg ↑(2枚)美しい塗装を持つイラン政府のA340-300とA321。かつて政府専用機はイラン航空や空軍所属のB747が充てられていたが、現在はこの2機種に変更された。運航自体はメライ航空が受託しており、機材も同社の保有機として登録されている。イランの民間機は全て「EP」から始まる自国登録機で、外国籍のリース機は存在しない(ウィキペディア英語版より)

先に書いたようにある意味規制を「すり抜ける」ように、中古機の導入は少数ずつながらも進められていて、故に仕方なく飛ばして来たB727やB707が一応の「退役」となったのである。

意外なことに、日本で使われていたA300やA320も現在イランで活躍しており、リース会社を通じて入手している。

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1-1-1-44 MD-82_(DC-9-82)_KISH AIR.jpg ↑(4枚)カスピアン航空のB737-400、ザグロス航空のA320、ターバーン航空のMD-88、キーシュ航空のMD-82。カスピアン航空はロシアの企業と合弁で93年に設立されたエアラインで、当初は旧ソ連機が使われていたが、最近では「禁断」のアメリカ機が登場した。ロシアやトルコで使われていた機体が殆ど。ザグロス航空とターバーン航空は05年の設立で、後者は現在唯一MD-88を運航するエアラインとなった(デルタ航空が退役させたため)。キーシュ航空はペルシア湾岸のキーシュ島をベースとするエアライン。いずれも国内線を中心に20~30都市に就航し、近距離国際線も運航している(ウィキペディア英語版より)

部品などは「コピー」して自前で製作したり、「スクラップ部品」詰まる「クズ鉄」扱いで輸入するなど、あらゆる手段を尽くして確保していると言う。

最もトルコなどは率先して仲介しているようで、トルコのエアラインで使われていた機体が年々増加している。

それにここ10年間の間にも、新しいエアラインが幾つか設立されていることからも、こだわらなければ機体の入手は可能だと言う事だろう。

面白い事に、近年B737などアメリカ機の導入も増えている。

もちろん新しい機体ではなく、殆どが300~500型と言った「737クラシック」なのだが、元ではやはりトルコとロシアだ。

イランにとっては40年の時間を経ての「新しいアメリカ機」で、既に20機以上がイランへ渡っている。

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1-1-1-44 ATA B737-500-EP-TAG.jpg ↑(5枚)08年に設立されたイラン第二の都市タブリーズを拠点とする新興エアライン、ATAエアラインズ。当初は僅か2機のMD-83で運航を開始したが、現在は16機保有し内外20都市に就航する。あらゆる所から中古機・リース機をかき集めているようで、機体の塗装は統一されていない。上のMD-83が基本塗装のようだが、最も新しいA320ではデザインが変更されている。B737はロシアから購入した機体で2枚目の300型はオリジナル塗装、4枚目の500型は一目で元ロシアのオーロラ航空だと分かる。この機体は一時期サハリン(ユジノサハリンスク)~新千歳線や成田線で運航された事もある(ウィキペディア英語版より)

これなどアメリカからいちゃもんがついても良さそうだが、相手がロシアならば平然とはねのけるだろうし、古い機体だから黙認するのだろうか。

ボーイング機もエアバス機も、世界中で何万機とあるので、最新鋭は無理でも中古機ならばなんとか確保することが出来ている、と言うのがイランの実情と言えるだろう。

それでも古い機材を保管し再生させるのは、制裁で身につけたイランなりの術であろう。

あちこち部品がはぎ取られた機体を見て、「つぎはぎだらけの飛行機を飛ばしている」と決めつけるのは誤りだ。

いくらなんでも飛ぶかどうかわからない様な機体で事故を起こしたら、国内で猛反発を食らうし対外的にも自ら追い込むことになりかねない。

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1-1-1-44 B737-500 SEPEHRAN AIRLINES-Ep-fsb.jpg ↑シラーズを本拠地に置くセペーラン航空のB737-300と500。同社は16年に設立されたばかりで、イランで最も新しいエアライン。B737を6機保有し、主に国内線を運航する。機数は少ないが保有機全てがB737と言うのはイランで初めてだ。残念ながら「737NG」は存在しないが、「比較的新しい」737クラシックは、徐々に増えつつある。中古機が非常に多く、ロシアやトルコでも多く使われていたことが理由だろう。イランのイメージとは若干異なるLCCの様な明るい塗装が印象的だ(ウィキペディア英語版より)

ちゃんと飛ぶように整備しているからこそであって、こう言う情報は偏見というものだ。

日本でも場合によっては30年程度現役で使われる機体があるし、退役した機体から部品をピックアップして「リサイクル」することもある。

もちろん厳しい安全基準をクリアしてでの事だが、イランの場合大事に使わなければならない事情があるのだ。

また慢性的な機材不足のためか、エアラインごとの路線は頻繁に変わる。

ところがそれは単に運休してしまうのではなく、機材を持っている別のエアラインが代わりに運航する。

エアラインは国が管理しているので、エアライン同士の競争がないと言うよりも求められていないのだ。

運休せざるを得なくなったエアラインは、運航できる路線をまた別のエアラインから「交替」、融通してもらう。

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1-1-1-44 Persepolis_reliefs.jpg ↑(2枚)世界的にも有名な「ペルセポリス」の神殿遺跡。紀元前550年ごろ、アケメネス朝ペルシアのダレイオス1世が作ったと言われている。紀元前331年、マケドニア王アレクサンダーによって滅亡した(ウィキペディア英語版より)

日本ではちょっと考えられないが、公共交通として機能させることが最優先なのである。

実際の安全性やサービスレベルは怪しい部分も否定できないが、何でも新しい事が良いと考えられがちな日本とは常識が大きく違っている事は確かだ。

無責任な言い方ではあるけれど、これほど様々な機種が現役で残っているのはイランだけで、まるで博物館を見ているようだ。

それが「展示物」ではなく「現役」・・・と言うのが、魅力を感じずにはいられないのである。




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