月命日 9月28日 曇り時々晴れ 23℃
秋を肌で感じられる1日。
雲が多めながら、日中は晴れ間も見え日差しで気温もやや上がった。
青空を見上げると、白い雲は「うろこ雲」。
いつしか空高く、雲白く・・・。
もう夏服はおしまい、街でも大半の人は秋物・長袖姿だ。
今後多少気温が上がっても、空気は乾燥し朝晩は15℃前後まで下がるのでやや薄手の長袖ぐらいがちょうど良いだろう。
元気な子供達も、さすがに秋の装いが増えたようだ。
中には半袖の子もいるにはいるが、急に少数派になっている。
昔と違って、Tシャツの上に1枚長袖・・と言うスタイルが普通だから、簡単に調節できるだろう。
私の時代は半袖か長袖か、二者択一の服装が主流だった。
小学校前半までは、あまり自分で服装を決められず親の「指示」で衣替えしていたように思う。
低学年までは体格は小さく、風邪を引きやすい子供でうっかり薄着しようものならすぐに風邪を引いてしまった。
高学年になって、ようやく丈夫になると今度はいつから秋物に切り替えるか・・・が問題になって来る。
さすがに中学生になると服装は自分の好みで着るようになったが、今度は「制服」である。
当時中学生男子は「学ラン」が当たり前で、これが大嫌い。
「詰襟」がウザくて邪魔だし、真っ黒で厚手の生地は秋の衣替えの時期である今頃はただ暑苦しいだけ。
服装規定が結構うるさい時代だったが、体操服も通学で認められていたから「学ラン」だった期間は意外と短かった。
思えばこの時代の身体が最も頑丈で、病気とは無縁だったように思う。
何度か書いて来たように、その中学時代は仲の良かった友人と争うように薄着の「競争」をしていたから、気付かぬうちに鍛えられていたのだろう。
しかしその期間もまた短く、大人になるにつれいつしか胃腸がすぐ悪くなったり、足腰が悪くなったり・・・。
でもその分、そこそこ体調を気にかける年代になったが、季節の変わり目はつい油断してしまう事もしばしばである。
政府は30日に迫った19の都道府県に発令されているコロナの緊急事態宣言と、2県に対するまん延防止措置を解除する決定をした。
各都道府県では独自の要請・規制は続くが、飲食店の時短・休業要請やイベントの制限などは殆ど解除される見込み。
関係者はようやく元に戻れると言う喜びの半面、当然再拡大の懸念も伴う。
多くの人はそれを理解し、当面自主的な予防策は続けられると期待したい。
ある意味人込みを避ける、飲食店は意識して行く、マスクの着用・手先の消毒など、すっかり習慣になってしまった気がする。
ワクチン接種率が高まる一方、「反ワクチン派」と呼ばれる人もいる。
接種は個人の自由なので批判する事は出来ないが、そういう人たちの中でもワクチンに対する「不安感」が理由の人と、どこかの大統領のように「陰謀説」を信じる人も少なからずいるらしい。
そう言う人かどうかわからないけれど、稀ではあるが街で「ノーマスク」の人を見かける事もある。
たまたましていなかっただけなのかもしれないが、予防対策が「常識」になってしまった今、どうなるのだろうと思う。
「反ワクチン派」と言う事自体差別的でいけない事かも知れないが、実際コロナに感染した人はたくさんいて、当然亡くなった方もいるし、病状に苦しんだ人、ご遺族もたくさんいらっしゃる事を思うと、複雑な心境だ。
先日地下鉄に乗った時、私の前に立った女性はラッシュ時にも関わらずノーマスクで乗車してきた。
40歳前後と思われる女性で、ごく普通の社会人と行った雰囲気の綺麗な人だった。
車内でもやはりごく普通に、スマホを見たりしていたが、混雑していた車内故、周囲の人々が明らかに彼女を嫌な視線で見ていた。
当人は全く気付いていないか、気にしていないと言った感じだった。
多分急いでいてうっかり忘れていたのだと思うが、こうした状況ではあらぬトラブルに巻き込まれかねない。
また知り合いの女性はまだ20代後半だが、ワクチンの副反応の他、SNSなどでささやかれる将来的な「影響」がどうしても気になって、接種する決意が出来ないと言っていた。
それを聞いた私は返答に困って、ついワクチンの話題を振った事を後悔したが、彼女の不安も理解できる。
根拠のないデマと分かっていても、やはり不安に思えてしまう人がいても不思議はないし、そう感じることもあって当然だと思う。
こういう人たちが一切感染しないのであれば、何の問題もないのだが、少なくとも差別になってはならないことだ。
今日28日は、母4年半目の月命日。
この夏の私は目の手術を受けたり、それに伴う仕事の割り振り、そしてワクチン接種などイレギュラーが続いた。
それだけで結構不安だった部分もあったのだけれど、過ぎてしまえばそれなりにクリアしており、母のおかげだと思う。
先週久し振りに墓参して来たが、4年半を迎えた今も、母の遺骨は家にある。
相変わらず墓の管理者である親戚とは連絡が付かず、おいそれと母を納骨できる状態にないためだ。
最も天涯孤独の身にあって、母がまだ傍にいてくれるような気がしていると言えば世間は笑うだろうか。
人の目を気にする必要性は感じていないし、いつかは然るべき場所に置いてやろうとは思っている。
でも当分は今のままで良いと思っている。
暗い話になってしまうけれど、今の状態が進めば私は世間で言う「孤独死」を迎えなければならない。
その時誰が始末をしてくれるのか分からないけれど、母がいれば例え何処かへでも一緒に葬ってくれるだろうと思うのだ。
母が逝って、5度目の秋を迎えようとしている。
母は紅葉が大好きで、良く市内の紅葉スポットを見に行った。
殆どは買い物ついでに、車でちょっと遠回り程度だったが、近所でも結構綺麗な紅葉はいたる所にあるし、時にはドライブで遠出した。
毎年恒例のようにあちこち見に行っていたが、母亡き後当然見る機会は減少した。
コロナ禍も加わって、わざわざ出かけるのも憚れるご時世に今年は紅葉を見られるのか。
出来れば例え面倒でも、見に行きたいと思っている。もちろん母を連れて。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
今日は秋を思わせる天気で、君もそう思った事でしょう。
本格的な秋はまだですが、週末には10月を迎えます。
人間の都合でオタオタする時代にあっても、季節は変わりなく巡っています。
君もいろいろ変化して大変な事も出来たかも知れませんが、季節の移ろいは忘れず感じ取って欲しいと思います。
暫くは寒暖差が大きくなりそうですので、体調管理には気をつけて下さい。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
あしひきの 山のもみちに しづくあひて 散らむ山道を 君が越えまく(万葉集巻十九 4225 大伴宿禰家持)
雲が多めながら、日中は晴れ間も見え日差しで気温もやや上がった。
青空を見上げると、白い雲は「うろこ雲」。
いつしか空高く、雲白く・・・。
もう夏服はおしまい、街でも大半の人は秋物・長袖姿だ。
今後多少気温が上がっても、空気は乾燥し朝晩は15℃前後まで下がるのでやや薄手の長袖ぐらいがちょうど良いだろう。
元気な子供達も、さすがに秋の装いが増えたようだ。
中には半袖の子もいるにはいるが、急に少数派になっている。
昔と違って、Tシャツの上に1枚長袖・・と言うスタイルが普通だから、簡単に調節できるだろう。
私の時代は半袖か長袖か、二者択一の服装が主流だった。
小学校前半までは、あまり自分で服装を決められず親の「指示」で衣替えしていたように思う。
低学年までは体格は小さく、風邪を引きやすい子供でうっかり薄着しようものならすぐに風邪を引いてしまった。
高学年になって、ようやく丈夫になると今度はいつから秋物に切り替えるか・・・が問題になって来る。
さすがに中学生になると服装は自分の好みで着るようになったが、今度は「制服」である。
当時中学生男子は「学ラン」が当たり前で、これが大嫌い。
「詰襟」がウザくて邪魔だし、真っ黒で厚手の生地は秋の衣替えの時期である今頃はただ暑苦しいだけ。
服装規定が結構うるさい時代だったが、体操服も通学で認められていたから「学ラン」だった期間は意外と短かった。
思えばこの時代の身体が最も頑丈で、病気とは無縁だったように思う。
何度か書いて来たように、その中学時代は仲の良かった友人と争うように薄着の「競争」をしていたから、気付かぬうちに鍛えられていたのだろう。
しかしその期間もまた短く、大人になるにつれいつしか胃腸がすぐ悪くなったり、足腰が悪くなったり・・・。
でもその分、そこそこ体調を気にかける年代になったが、季節の変わり目はつい油断してしまう事もしばしばである。
政府は30日に迫った19の都道府県に発令されているコロナの緊急事態宣言と、2県に対するまん延防止措置を解除する決定をした。
各都道府県では独自の要請・規制は続くが、飲食店の時短・休業要請やイベントの制限などは殆ど解除される見込み。
関係者はようやく元に戻れると言う喜びの半面、当然再拡大の懸念も伴う。
多くの人はそれを理解し、当面自主的な予防策は続けられると期待したい。
ある意味人込みを避ける、飲食店は意識して行く、マスクの着用・手先の消毒など、すっかり習慣になってしまった気がする。
ワクチン接種率が高まる一方、「反ワクチン派」と呼ばれる人もいる。
接種は個人の自由なので批判する事は出来ないが、そういう人たちの中でもワクチンに対する「不安感」が理由の人と、どこかの大統領のように「陰謀説」を信じる人も少なからずいるらしい。
そう言う人かどうかわからないけれど、稀ではあるが街で「ノーマスク」の人を見かける事もある。
たまたましていなかっただけなのかもしれないが、予防対策が「常識」になってしまった今、どうなるのだろうと思う。
「反ワクチン派」と言う事自体差別的でいけない事かも知れないが、実際コロナに感染した人はたくさんいて、当然亡くなった方もいるし、病状に苦しんだ人、ご遺族もたくさんいらっしゃる事を思うと、複雑な心境だ。
先日地下鉄に乗った時、私の前に立った女性はラッシュ時にも関わらずノーマスクで乗車してきた。
40歳前後と思われる女性で、ごく普通の社会人と行った雰囲気の綺麗な人だった。
車内でもやはりごく普通に、スマホを見たりしていたが、混雑していた車内故、周囲の人々が明らかに彼女を嫌な視線で見ていた。
当人は全く気付いていないか、気にしていないと言った感じだった。
多分急いでいてうっかり忘れていたのだと思うが、こうした状況ではあらぬトラブルに巻き込まれかねない。
また知り合いの女性はまだ20代後半だが、ワクチンの副反応の他、SNSなどでささやかれる将来的な「影響」がどうしても気になって、接種する決意が出来ないと言っていた。
それを聞いた私は返答に困って、ついワクチンの話題を振った事を後悔したが、彼女の不安も理解できる。
根拠のないデマと分かっていても、やはり不安に思えてしまう人がいても不思議はないし、そう感じることもあって当然だと思う。
こういう人たちが一切感染しないのであれば、何の問題もないのだが、少なくとも差別になってはならないことだ。
今日28日は、母4年半目の月命日。
この夏の私は目の手術を受けたり、それに伴う仕事の割り振り、そしてワクチン接種などイレギュラーが続いた。
それだけで結構不安だった部分もあったのだけれど、過ぎてしまえばそれなりにクリアしており、母のおかげだと思う。
先週久し振りに墓参して来たが、4年半を迎えた今も、母の遺骨は家にある。
相変わらず墓の管理者である親戚とは連絡が付かず、おいそれと母を納骨できる状態にないためだ。
最も天涯孤独の身にあって、母がまだ傍にいてくれるような気がしていると言えば世間は笑うだろうか。
人の目を気にする必要性は感じていないし、いつかは然るべき場所に置いてやろうとは思っている。
でも当分は今のままで良いと思っている。
暗い話になってしまうけれど、今の状態が進めば私は世間で言う「孤独死」を迎えなければならない。
その時誰が始末をしてくれるのか分からないけれど、母がいれば例え何処かへでも一緒に葬ってくれるだろうと思うのだ。
母が逝って、5度目の秋を迎えようとしている。
母は紅葉が大好きで、良く市内の紅葉スポットを見に行った。
殆どは買い物ついでに、車でちょっと遠回り程度だったが、近所でも結構綺麗な紅葉はいたる所にあるし、時にはドライブで遠出した。
毎年恒例のようにあちこち見に行っていたが、母亡き後当然見る機会は減少した。
コロナ禍も加わって、わざわざ出かけるのも憚れるご時世に今年は紅葉を見られるのか。
出来れば例え面倒でも、見に行きたいと思っている。もちろん母を連れて。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
今日は秋を思わせる天気で、君もそう思った事でしょう。
本格的な秋はまだですが、週末には10月を迎えます。
人間の都合でオタオタする時代にあっても、季節は変わりなく巡っています。
君もいろいろ変化して大変な事も出来たかも知れませんが、季節の移ろいは忘れず感じ取って欲しいと思います。
暫くは寒暖差が大きくなりそうですので、体調管理には気をつけて下さい。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
あしひきの 山のもみちに しづくあひて 散らむ山道を 君が越えまく(万葉集巻十九 4225 大伴宿禰家持)
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