夏の燈花に祈りを込めて(8月5日 晴れ 34℃)

夏空、改めて見上げると綺麗だ。

もくもくと湧き上がる積乱雲、日差しに輝く緑・・・ああ、真夏の風景って悪くないなあと思う。

いや、そうとでも思わないと耐えられません、この暑さは。

今更言うのも暑苦しいけれど、毎日30℃超えの猛暑。

何せ全国的猛暑で、北海道でさえ記録的な暑さを毎日更新しているのだ。

電気代が恐ろしいけれど、背に腹は代えられないとはこのことで、エアコンを使わざるを得ない。

子供だったら、迷わずプールに直行して一日中浸かっていたい気分だ。

最も一向に収まる気配のないコロナ禍で、プールに行くことは憚られるのが気の毒だ。

仙台でも新規感染者が増加しており、この週末からお盆にかけてより拡大しないか気にかかる。

今日は午前中から用事があって、街をうろつく事になってしまった。

意外と汗をかかない気がしたのは、膝してすぐ乾いてしまうからだったかもしれない。

我が家の前の道路では、街路樹の「萩」の剪定作業が行われており、酷暑の中での作業員さんに頭が下がる思いである。

でも猛暑はこの数日間がピークらしく、夏の高気圧はやっと勢力を弱める傾向にあると言う。

ただ太平洋上と沖縄付近には、台風と熱帯低気圧が4つも並んでおり、うち2つは週明けにかけて本土に接近する恐れがあると言う。

この熱帯低気圧からは、暖かい空気を吹き込んでいるため余計暑いのだそう。

夕方には熱帯低気圧2つが台風になり、合計3個の台風が控えることになってしまった。

あくまで予想であるが、明後日からの3連休は雨もしくは曇りの予想で、来週は少しずつ暑さが落ち着く見込みだと言う。

仙台では明日6日から「仙台七夕祭り」が開催され、中止となった昨年を経て2年ぶり。

ただし「規模を縮小」の上、イベントは全て中止。飾りも例年の1/4程度の数にするそうだ。

コロナ禍が収まらない中で、「規模を縮小」しての開催は正直意味が分からないけれど、人出はどうなるのだろう。

東京では、予測はされていたもののついに5,000人を突破し、宮城県でも暫くぶりに100人を超えた。

午前中街に出ると、猛暑にもかかわらず人出が多いことに驚く。

時間的に高齢者の方が多かったのだが、いくら行政やメディアが騒いでも「慣れっこ」になってしまったのではないか。

仙台市ではようやくワクチンの「集団接種」の目処が立ったとして、今月下旬から一般市民への予約及び接種を再開すると発表した。

現時点で12歳以上の市民で、未接種の人2回分の確保が出来たとしており、順調ならば9月中には1回目の接種をほぼ終えられるとしている。

どこまで信用できるか疑わしいけれど、安心材料の一つになるのではないか。

ただお盆休みになって、旅行や帰省など人流が増える可能性も強く、これ以上拡大は収まって欲しいものだ。



19時半頃、どこかでドーンと花火の音が聴こえたと思ったら、8月5日恒例の「七夕前夜祭」の花火。

この花火大会は、全国でも有名なほど多くの人々が見物に訪れるが、今年は無観客での「ゲリラ花火」。

最も市からは予告されていて、市内5つの区ごと短時間の花火を上げた。

ちらっとしか見なかったが、時間にして約10分。

SNSを見ると、知っていた人と知らなかった人が半々ぐらいだったようだ。

せめて気分だけでも・・・と言う「はからい」なのだろうか、面白いと言っては失礼だけど、音を聞くと歩いている人は皆音源を捜して立ち止まる。

さっとスマホを取りだして動画を撮影している人もいたが、ちゃんと映せただろうか。





「予定通り」だったならば、今日8月5日から奈良県奈良市の奈良公園周辺で開催される「なら燈花会(とうかえ)」が始まるはずだった。

しかしコロナ禍の再拡大を受け、実行委員会は3日と言う正にギリギリの時間に、昨年に引き続き開催を「断念」すると発表した。

昨年は完全な中止だったため、今年は規模を縮小して開催する予定であった。

「なら燈花会」は、夏の新しい風物詩として99年から地元有志によって始められたイベント。

世界遺産の奈良公園を中心に、いくつかの会場で最盛期には数万個に及ぶ「燈花」が古都奈良の夏夜を彩る。

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322.JPG ↑(2枚)なら燈花会(奈良市、筆者撮影)

時間は夕暮れ直後からだいたい21~22時頃までで、少量の水を入れた紙コップなどにろうそくを浮かべて火を灯す。

広場にランダムに並べる所もあれば、色の付いた容器を使って模様や文字を浮かび上がらせるなど、まるで電球などのライトアップのように美しく幻想的な風景が広がる。

燈花会の会期中、周辺では街頭や看板、照明などが極力減らされるので、本当に不思議な世界へ迷い込んだような錯覚を覚えてしまう。

しかも数か所の会場では、並べるのも水やろうそくの補充、着火・消火は全て「手作業」で行われるため、毎年大勢のボランティアが協力しており、地元のみならず近畿各地やホテルや旅館に連泊して遠隔地から手伝いに来る人もいるほど。

実は私も何度か参加しようと思った事があったのだが、その時は「最低でも1週間程度」と言う条件があり、やむなく諦めた経験がある。

知り合いの家にでも泊めてもらえれば喜んで協力するのだが、あいにくそういう相手はなく、さりとてそんなに長期間ホテルに泊まることもできなかった。

ただ生活様式の変化からか、年々ボランティアの数が減り続けているそうで、もし短期間でも良いならばいつか参加したいと言う気持ちは持ち続けている。

期間中は突然の雨に襲われることもあるし、燈花の管理だけでなく見物客の誘導や安全管理など仕事は多岐に渡り、20年以上も続けているのはさぞかし大変なことであろうと思う。

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333.JPG ↑(2枚)東大寺大仏殿前の広場。奥には大仏殿が見える(筆者撮影)

私の住む東北地方では殆ど話題にならないが、期間中は平日でもものすごい人が訪れて、その知名度は高い。

加えて家族連れや若い人ばかりでなく、高齢者の方々も非常に多いのが特徴である。

メイン会場となる東大寺南大門付近や興福寺、猿沢池などは最寄駅である近鉄奈良駅からだと徒歩10~15分の距離にあるが、駅からは緩やかな登り坂が続いていて、夜なお暑い奈良では誰もが汗だくである。

終了時間間際になると、奈良交通のバスが臨時便として近鉄奈良・JR奈良駅方面へ多数シャトルバスを運行するが、開始時間は定期便しかないので、大半の人は暑い中黙々と歩くのである。

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058.JPG ↑(3枚)色つきの燈花で、模様が作られることもある(筆者撮影)

先に書いたように、会場周辺では街灯も消されているので足元が見えず少し怖いけれど、そこは行政が予め危険がないように歩道の点検を行っている他、ボランティアや警備員の人々があちこちに配備されている。

なので人の流れに身を任せるように歩くと、いつしか会場に着いてしまう。

些か苦労して辿りついた先には、まさに幻想世界が広がっている。

暑さもあるいた疲れも、誰もが吹き飛んでしまう一瞬だろう。

14・15日頃には東大寺大仏殿で「盂蘭盆供養会」や、春日大社の「万燈篭」、高円山の「大文字焼き」も行われ(今年は中止もしくは縮小開催)、クライマックスを迎えるのである。

会場内では「一客一燈」と言うブースがあり、500円程度で「自分だけ」の燈花を灯す事が出来る。

早い話「協力金」と言う事なのだけれど、お金を払うと係員の人から燈花とライターを手渡され、好きな場所に置いて灯す。

もちろん点火を、係員にしてもらう事も出来る。

330.JPG ↑自分だけの「一客一燈」(筆者撮影)

周囲は人出でざわついているが、本当に真っ暗で、良くもこんな市街地で徹底して灯りを落とせるものだと感心してしまう。

地面に置いた小さな燈花でも、確かに明度は低いけれど、なぜか心を惹きつけられる。

想いを込める・・とは、こう言う事を言うのだなと思うのだ。

それは家族や恋人の事かも知れないし、世界のそしてこの国の未来を願う事もあろうか。

お盆の時であれば、東大寺大仏殿の盂蘭盆供養会と合わせてみることもでき、亡くなった家族や先祖の供養を思う。

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127.JPG ↑(3枚)数千個の燈篭が並ぶ東大寺盂蘭盆供養会。大仏頭部の特別開扉も行われる(筆者撮影)

今、私たち日本人は「祈り」が必要だと思う。

毎年のように襲う自然災害、そして現代人が初めて遭遇する「疫病」に大いに恐れ戸惑っている。

いつしか「正しい事」を見ようとすることを忘れ、人の噂や最悪の事ばかり考え、何も行動しない。

しかし考えて見て頂きたい。

災害も疫病も、今初めて起こった事ではないのである。

地震、台風、津波、大雨、猛暑、厳寒・・・この国が始まって以来、何百何千年もの間数えきれないほど起きている事を、まさか知らないと言う訳ではあるまい。

現代人は、特にここ10~20年の間、物が溢れかえり便利な世の中になった。

ところが現代人は「便利」を「快楽」とはき違え、おカネで「楽」をただ買っているに過ぎない。

気付いた時には、物事の本質を忘れ、災害すらお金で解決しようとしている。

何と言う堕落であろうか。

私たちの先祖は、それこそ科学などないに等しい時代から、時には多くの犠牲を払いつつ苦難をいく度も乗り越えて来た。

故に今の日本がある、と言う事を、多くの日本人は忘れている。

先祖たちが、それこそ歯を食いしばり、ともに戦って来たからこそ我々が幸せに暮らせると言う事を、なぜこの後に及んでも気付かない日本人の多い事か。

東大寺の起源は、今から1,300年も前、時の天皇聖武天皇が国と国民の安泰を願って建立した。

彼は仏教と言う「祈り」を、国民全員で共有することで連帯し、国難を乗り越えようとしたのである。

そして全国に「国分寺」「国分尼寺」を設立し、仏教を「国教」と定めた初めての天皇である。

飛鳥時代後期から奈良時代の日本は、災害と疫病が相次いだ。

奈良時代と称される平城京時代約80年間でさえ、近畿地方を中心に何度も大地震に見舞われ、異常気象による大雨被害や凶作に見舞われた。

また天然痘の大流行もあり、聖武天皇は元首として「朕の不徳の致すところ」と自分を責め続けた。

聖武天皇は父系こそ皇族であったが、母系は一豪族である藤原氏の出身である。

即位前から藤原氏を中心とした権力闘争が続き、政治は藤原氏が権力をふるった。

あからさまな権力闘争が続く中、災害と疫病が国内を襲った時代であった。

歴史学上は、こうした背景から聖武天皇は仏教と言う信仰に傾向し、政治をいわば「おざなり」にしたように取られているが、確かにそうした一面は否定できないが、権力を藤原氏に牛耳られていた天皇に出来ることは「祈り」であったのだ。

IMG_5760.JPG ↑一燈に祈りを込める(筆者撮影)

東大寺と蘆舎那仏すなわち「奈良の大仏」建立には、莫大な国費と人員が動員されたが、その結果は「祈り」を通じて「連帯」する意識が日本人に根付いた事である。

祈ることで何か奇跡が起きると信じるのではなく、想いを一体にすることで知恵が湧き、恐れる事などない事を知り、連帯して乗り越えて行く事が出来るのだ。

訪れた事がある人は、想像以上に大きく迫力ある蘆舎那仏に、日本人なら誰もが思わず合掌することだろう。

その願いは、個人的な事であるかも知れないが、それはそれで良い。

だが祈った後ふと仏を見上げた時、我々の祖先たちが祈った心を、どこかしら感じるはずである。

1,300年も前の日本人と、現代人は時空を超えて繋がっており、我々は1,300年後の「子孫」と繋がらなければならない。

夏の奈良は非常に暑いけれど、祈りが大切であることを気付かせてくれる。

残念ながら「なら燈花会」は中止になってしまったけれど、来年こそは例年どおりに開催できるよう、遠くからでも祈ることが、今の日本に直面している「苦難」に立ち向かう気持ちを起こしてくれるような気がするのである。





元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

相変わらず猛暑が続いていますが、夏バテしたり体調を崩していませんか?

早いもので、もう8月。明日からは七夕です。

正直祭りを楽しむご時世にはありませんが、翻弄され過ぎて季節を忘れてしまう事もまた寂しいものです。

間もなく「立秋」、そしてお盆を迎え、ゲンナリする暑さももう少しの辛抱だと思います。

決して無理をせず、涼しい環境で過ごし、水分補給なども忘れず元気に過ごして下さい。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。


風吹きて 海は荒るとも 明日と言はば 久しかるべし 君がまにまに(万葉集巻七 1309 海に寄する)


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