飛行機ネタ デッドコピーと改良版?Y-7とMA-60(7月22日 曇り時々雨 21℃)
最初にお詫びを。
いつも「CRECHANのブログ 風の道・風の道2」を読んで頂き、ありがとうございます。
原因は不明ながら、ここ数日体調が優れず「毎日更新」ができずにおりました。
大変申し訳ありません。ようやくいくらか動けるようになりましたが、まだ長時間起き上がっている事が辛い事もあり、内容的に拙い部分や、文章の一貫性に欠けて見苦しい部分があるかと思いますが、今しばらくお付き合い下さるようお願いいたします。
体調不良と言っても、風邪のような症状と持病の腰痛が悪化しただけですので、重篤な物ではありません。
なんとかいつものペースに戻すよう、鋭意努力中ですので、なにとぞご了承のほどよろしくお願いいたします。
・・って、誰も期待していないと思うけれど(笑)。
夏休み初日の土曜日は、予報よりも良い天気で気温も上がった。
残念ながら海やプール、と言うほどではないが、出かけるには適した天気だっただろう。
しかし九州北部では、台風5号の影響で大雨となり、長崎県の五島列島と対馬と言った島嶼では「特別災害警報レベル5」が初めて公布された。
24時間で最大400ミリにも達し、現地では河川の氾濫や道路の冠水、土砂崩れが相次いだ。
昨日気象庁は初の「レベル5」を午前10時ごろに出し、11時から異例の緊急会見を行った。
気圧配置の関係から、ごく限られた地域で大雨が続いていた。
幸い警報は解除され、大きな被害は出ていない。
今日はまた梅雨空が戻って、気温も低目。
日中僅かに青空が見えた瞬間もあったが、いい加減梅雨明けが待ち遠しくなって来た。
だが週間予報にお日様マークはなく、少なくとも平年並みの梅雨明けは難しい状況に。
天気用語には「梅雨明け10日」と言う言葉があるそうで、向こう10日間程度安定した夏空が広がると予想されると「梅雨明け」宣言が出される。
今年は西日本の梅雨入りが異常なほど遅く、台風の影響による大雨は今日も続いた。
8月6~8日に開催される高齢の「仙台七夕祭り」には、「3日間の晴れはなし」と言うジンクスがある。
要するにたった3日間の開催期間中なのに、最低1日は雨天に見舞われる・・と言うのだ。
確かにそうなる事が多く、市民は昔からこのジンクスを信じているほどだ。
この時期になると、仙台上空の空には、すでに「秋」の冷たい空気が顔を出し始め、それが不安定な天気をもたらす。
しかも梅雨明けの平年は25日前後だから、「梅雨明け10日」にピタリと符合する。
七夕祭りの期間中は、二十四節気の「立秋」を迎えるから、ジンクスと言うよりもれっきとした季節の循環なのである。
震災で大きな被害を受けた県内の海水浴場も、年々再開し始めており、今年も何箇所か再開すると聞いた。
しかし梅雨明けが長引けば、せっかくの再開も喜んでばかりいられないだろう。
県内の海水浴場は、この週末に「海開き」してお盆頃には終了する。
お盆を過ぎると「土用波」と言って、波が荒れるようになるためだ。
空だけでなく、海も暦通りに「秋」の準備を始めてしまう訳で、海水浴を楽しむには今頃梅雨明けしていないといけない。
今年の夏は、いつも以上に短く、更に夏自体を味わえなくなるかも・・・。
飛行機ネタ。
先日ネットで動画を見ていたら、珍しいエアラインネタを見つけた。
動画では無数の飛行機物がアップされていて退屈しないが、正直「ピンからキリ」まで。
機材や撮影手法がプロの物から、素人さんの旅行物まで様々ある。
スマホでの動画は「瞬間的」な物以外見る価値はないけれど、ハンディカムなどでの撮影ならばある程度資料性はあると思う。
最も飛行機に関心ある人であればよいが、そうでなければあまり価値はない。
東南アジアの小国「ラオス」を旅行した動画で、それ自体は珍しいだろうか。
恐らく日本人には、東南アジアは馴染み深くてもラオスだけは知らない・・と言う人は多いだろう。
ラオスはインドシナ半島中央部に位置し、北に中国、東にベトナム、南にカンボジア、西にタイと囲まれた東南アジアでは唯一の「内陸国」。
正式名称は「ラオス人民民主共和国」で、首都はビエンチャン。
国土の面積は約24万平方キロで、日本だと北海道と東北を抜いたくらい。
首都のビエンチャンの人口は約70万。
ビエンチャン市内には、東南アジア一の大河メコン川が流れていて、これが隣国タイとの国境になっている。
国土の大半は森林地帯で、林業の他メコン川流域では米作が盛んだ。
国名の通り現在も社会主義政策を取る国だが、信教に対しては比較的寛容で、古くからの仏教国である。
国内には日本の鎌倉時代前後の寺院や仏像が数多く残されていて、歴史的価値の物も多く存在する。
第二次大戦中は、ベトナムと一緒にフランス領だったが、50年代に独立。
その後インドシナ半島は東西冷戦の「代理戦争」の場となって、ベトナム戦争やカンボジア内戦などの戦火が続いたが、ラオスは直接被害を受けなかった。
ベトナム戦争では、北ベトナムの補給路と見做されてアメリカ軍の攻撃を受けた事もあるが、ソ連の影響下で守られた形であった。
冷戦終結後は、市場経済制を導入したが、経済力は小さく、近年では中国との経済関係が深い。
逆に中国と犬猿の仲であるベトナムとも、さほど良好な関係ではない。
歴史的な見どころが多く、最近では外国人の観光客も受け入れるようになり、遅れていたインフラも大きく改善された。
つい10年ほど前は、ホテルと空港はビエンチャンに集中し、それらも国際基準を下回る程度だったが、現在は標準レベルにある。
最も便利なのはバンコクから入るルートで、飛行機で約1時間ほど。
古都ルアンパバーンなどの見どころも、ビエンチャン経由で日帰りできるので、人気があるようだ。
動画を撮影した人は日本人で、詳しいほどではないようだが飛行機は好きなようで、近年改築された同国唯一の国際空港・ワットタイ空港内部も紹介していた。
社会主義国だと、こうした撮影は禁止する事が多いが、ラオスではそうでもないようで興味深い。
最も同空港へはタイや中国のエアラインが10社ほど乗り入れるだけなので、ターミナルビルは日本のローカル空港程度の規模。
投稿者は観光地ルアンパバーンに向かおうとして、ラオスの国内線を運航する「ラオス国営航空」を予約しようとしたが、満席。
そこで同国のもう一つのエアラインで唯一のLCCでもある、「ラオス・スカイウェイ航空」を予約したと言う。
全く聞いたことがないエアラインに、若干不安だったようだが、カウンターやチェックインは確実・スムーズである。
ターミナルから機体まではLCC特有の徒歩だが、機材はプロペラ機なのでブリッジは使わない。
面白いのは数分違いで国営航空の便もあることで、座席数の不足を補う便の様である。
国営航空のの機材はATR-42-600だったようだが、こちらは・・・。
「あれ?同じような機材ですが・・ちょっと違いますね。国営航空の方はプロペラが6枚だけど、こっちは4枚。形も微妙に違うな。DHC-8かな?」
パッと見ではわからかったようだが、いざ機内に乗り込んで座席のエマージェンシーシートを見てびっくり。
「MA-60って書いてある。え?聞いたことのない飛行機だ・・」と絶句していた。
もちろん後からちゃんと調べたのだろうけど、この瞬間私ならば「貴重だよ」とツッコミを入れたくなるような機体である。
名前を聞いてああ、あれね・・と言える人は、かなりのマニアだろう(私は知っていた・笑)。
←ジョイ・エア「幸福航空」(中国)のMA-60(ウィキペディア英語版より)
聞いたことがなくて当然だろう、「MA-60」とは中国製の旅客機だからである。
同機は古くから航空機を生産している「西安飛機工業公司」が開発した、双発ターボプロップ旅客機。
元となったのは70年に初飛行した「Y-7」と言う機体で、これは旧ソ連製の「アントノフ24」と同じ機体である。
60年代、中国とソ連はお互い抑制しつつも蜜月状態の関係だったが、中ソ国境紛争で関係が悪化。
それまでは近代化計画で、軍事部門を中心にソ連製の機体をライセンス生産していたが、断交でソ連は一切の供給を停止。
困った中国は、やむを得ず悪化する前の輸入した機体を「デッドコピー」することで数を揃えた。

←長安航空の「Y-7」とサハリン航空のAN-24(ウィキペディア英語版より)
70年代になると、共産党指導部の権力闘争である「文化大革命」が発生し、航空機開発は全て停止してしまった。
この改革は後に誤りであった事を中国共産党は認めているが、農民重視の妄想的改革は中国の文化レベルを僅か10年で半世紀分も遅らせたのである。
それでも軍用機や旅客機がなければ困る訳で、デッドコピーの手段を取らざるを得なかったとも言える。
デッドコピーとは、無許可のコピーであり、国際法上も完全な違法である。
国内で使う分には百歩譲れても、それを海外に売ることは違法行為になる。
中国は現在も、こうした違法コピーを繰り返す国として有名だが、その分外観はそっくりでも中身は別物だ。
「デッド」と言われるぐらいなので、本来の性能など出せるわけがない。
コピーの対象となる「本物」を、設計図もデータも全くなしに「見よう見まね」で作るのだ。
材質も「推定」であるから、出来上がって見なければどうなるかわからない・・・と言う、とんでもない代物なのだ。
そしてそれらが「本物」の性能を上回ることは、絶対ない。
「Y-7」も、中ソ関係が悪化する直前に輸入し、国内でのライセンス生産が決定していた機体であった。
国内で使うと言っても、当初はトラブルの塊。
墜落事故はもちろん、中国国内でさえ「危なくて使えない」と言われたほどであった。
なんとか改良されたのは、自由化が進んだ90年代になってからだった。
「MA-60」は「Y-7」を改良し、オリジナリティを加えた機体である。
とはいっても外観はほぼアントノフ24/Y-7の変わらず、胴体が若干延長されただけだ。

←(2枚)ラオス国営航空とラオス・スカイウェイ航空のMA-60(ウィキペディア英語版より)
標準座席数は60席で、エンジンはカナダの大手「P&Wカナダ」と契約して輸入した「PW127」ターボプロップエンジンを装備する。
大きさとしてはDHC-8-400に相当するが、座席数は一回り小さい。
これはアントノフ24から同じだが、機体前方部に貨物室を設けているためで、乗客は通常機体の後部ドアから乗降する構造だ。
プロペラのブレードは4枚だが、複合材を使用した軽量な物で「ひねり」を持たせた現代風のブレードが採用されている。
アントノフ24とY-7ではキャビンの窓は円形で、荷物置き場は「棚」のハットラックだけだった。
時代を考慮すればスタンダードとも言えるが、90年代以降まで生産していたY-7も、そのままである。
さすがにMA-60では、キャビンは一新され、見た目はDHC-8やATRと遜色ないほどまで改良されている。
座席はエアラインごとに違うものの、窓は四角いタイプに変更。機内ではオーバーヘットストウェッジが標準化されている。
←後部から見たMA-60 (ウィキペディア英語版より)
コクピットは完全グラスコクピットではないが、液晶パネルとアナログ計器の混用である。
コクピットの窓もY-7を受け継いだデザインではあるが、旧ソ連機特有の丸い窓は廃止され、客室窓も何処かDHC-8シリーズと似ている。
エンジンも同型なので、早い話Y-7とDHC-8シリーズを「ミックス」させたのがMA-60、と言う事だ。
Y-7は20年以上生産されたが、途中中止された時代があって、正確な生産数は不明だ。
500機前後生産されたとも言われるが「質より量」を優先させたことや、まだ中国が秘密主義の強い時代だったこともあり、実態は分からない。
ただ同機は少なくとも20件以上の重大事故を起こした事がわかっており、海外では現在も「飛行禁止」の指定を受ける機種である。
現在中国では、空軍が少数運用しているだけで民間では完全に退役したと言うが、海外では数十機が確認されている。
MA-60も生産数は不明で、これまでに120~150機程度生産されているようだ。
両機とも輸出での外貨取得を狙ったが、危険とされて待ったがかかっており、新型であるMA-60も同様。
海外の耐空証明は、見事なほど取れておらず、輸出は不可能である。
それでも飛んでいるのは、規制しない国で国内専用であれば・・と言う事で使う国はある。
中には中国お得意の「経済支援」で、ほぼ無償で提供された国・エアラインがほとんどで、要するにまともな旅客機を買えない国が、同機を運用していることになる。
ラオスもその一つで,安全で「高級」な西側製の機体は幹線や国際線用、「タダ」同然のY-7やMA-60は規制されない国内線用と割り切って運用しているようだ。
Y-7は、90年代に航法機器などを西側製に変更。主翼端にウィングレットを装着した「後期型」が存在するが、MA-60では再び廃止されている。
←ウィングレットを装着したカンボジア、プレジデント・エアのY-7(ウィキペディア英語版より)
社会主義国特有の、細かい派生形が複数存在するY-7だが、そのほとんどは少数生産に留まっており、民間型では前期型と後期型に分けられる。
Y-7後期型では航法装置も西側標準に換装されたが、機体自体の安全基準が曖昧で、世界標準に達しておらず、なぜかMA-60でも同様だ。
MA-60の原形機は00年に初飛行し、すでに20年経ているのも関わらず、欧米の耐空証明は得られていない。
同機を最も導入したのはインドネシアのメルパチ航空で、12機を運用したが2度の重大事故を起こし、それがきっかけで倒産に至っている。
ネパールのフラッグキャリア・ネパール航空もY-7とMA-60を数機導入したが、現在は1機のMA-60だけが確認されている。
どうも「アフターサービス」の概念がない様で、売ったらそれきりらしい。
世界で儲けようとする中国は、そうしたアフターケアが全く欠けていて、世界から顰蹙を買っているが、航空機でも事情は同じらしい。
結果途上国では、無理やり飛ばしてダメになったら退役・・と思っているようだが、乗客になる立場ではたまらないところだ。


←(3枚)ネパール航空とエア・ジンバブエのMA-60とキャビン(ウィキペディア英語版より)
南太平洋の島国、トンガのエアライン「リアル・トンガ」では1機のMA-60を運用しているが、同国を訪れる観光客がが多いニュージーランド政府は、同機の利用を避けるよう勧告までしているほど。
トンガ政府は反発しているようだが、MA-60自体も確認できるだけで10件以上の重大事故を起こしているので、やむを得ないだろう。
問題はメーカーである西安と中国側が、ほとんど対処しない・できない事があると思う。
鉄道でも、中国は日本の高速鉄道の技術を「パクリ」、「自主開発だ」と言ってはばからない。
途上国への完全な「見下し」で、その誠意のなさや薄っぺらさは途上国にもバレている。
それでも事情で使わざる国もある訳だが、それで事故にいたってしまっては元も子もないだろう。
←最大12機を運用したメルパチ航空(ウィキペディア英語版より)
近年中国は「自主開発」の小型ジェット旅客機を開発したが、外観は完全な「MD-80」シリーズ。
既に200機以上の発注を集めていると言うが、ほとんどが中国国内のエアラインで「押しつけ」であろう。
中国はMD-80シリーズをライセンス生産した経験を生かして国産機を開発したが、エアラインはボーイング・エアバス機を大量に運用しており、今更国産機を自主的に使うとは思えない。
MA-60も、当初は幾つかのエアラインで運用されたようだが、現在は少数に減少した。
資金があれば、DHC-8でもATRでも買えるのだから、わざわざ「デッドコピー」の改良版など使う必然性はない。
事実MA-60も、全体の造りが粗雑で、故障と言うよりも生産自体が粗悪だとされる。
多少の技術力があれば、現地でカバーできないこともないだろうが、信頼できる機体を買った方が良いに決まっている。
←中国国際航空で運用していたY-7(ウィキペディア英語版より)
「ラオス・スカイウェイズ」を利用した動画投稿者は、ジャーナリストとしても著名な方だが、後から中国製と聞いてかなり戸惑ったようだ。
「危険指定」の機体であることに、背筋が寒くなったかも。
旅客機の安全は、機体そのものだけでなく、航法装置や電子装備、緊急時の装備など総合的な「製品」として初めて価値が出るものだ。
世界のほとんどの国で「飛行禁止」されている機体である事は、言い換えれば相当の欠陥品であると言わざるを得ない。
だいたい当の中国で、ほとんど使われていないのだから。
とは言えマニアとしては「怖い物見たさ」と言う部分もあり、乗ってみたい気がしないでもないが・・・。

←リアル・トンガとザンビア空軍のMA-60(ウィキペディア英語版より)
なおY-7とMA-60は、アフリカ諸国などで民間機の他、軍用輸送機として少数が使われている。
いずれもその国の開発に中国が多額の投資をしている国で、機体は投資・支援の一部として無償・もしくは格安で売られたものである。
残念ながら外貨をもたらし、中国経済と航空機技術の発展に寄与することは全く役に立っていないようである。
月曜にもかかわらず、街の人出は多い。
レストラン街や飲食店は賑わっていて、珍しい。
学生や、早めの「夏休み」の人が出始めたのかもしれない。
霧雨が降り続いていたが、傘を差すほどではなく、濃霧が地上に降りて来たような感じだ。
湿度は100%、気温は高くないが涼しさはない。
明日は前線が近づき、まとまった雨になる予報。
深夜には静岡県で大雨が降り、新幹線が止まったとニュースに出ていた。
暑くても、湿度の低いカラッとした青空が見たいな・・と思うのは、私だけではないだろう。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
憂鬱な梅雨空が続きますが、君は大丈夫ですか?
1年で最も不快な季節ですが、もうしばらくの辛抱かと思います。
「梅雨明けなし」の可能性は否定できませんが、高温高湿はそう長くは続かないでしょう。
今年の君は、どんな夏姿でしょうか?
なかなか完全な夏服を着られないと思いますが、仕方ないです。
夏休みの計画はありますか?
何処か旅行に行く、友人と会う・・・楽しい夏になることを願っています。
明日は雨になりそうですので、外出には機をつけて下さい。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
後つひに 妹にあはむと 朝霧の 命は生けり 恋は繁けど(万葉集巻十二 3040 物に寄せて思を陳ぶ)
いつも「CRECHANのブログ 風の道・風の道2」を読んで頂き、ありがとうございます。
原因は不明ながら、ここ数日体調が優れず「毎日更新」ができずにおりました。
大変申し訳ありません。ようやくいくらか動けるようになりましたが、まだ長時間起き上がっている事が辛い事もあり、内容的に拙い部分や、文章の一貫性に欠けて見苦しい部分があるかと思いますが、今しばらくお付き合い下さるようお願いいたします。
体調不良と言っても、風邪のような症状と持病の腰痛が悪化しただけですので、重篤な物ではありません。
なんとかいつものペースに戻すよう、鋭意努力中ですので、なにとぞご了承のほどよろしくお願いいたします。
・・って、誰も期待していないと思うけれど(笑)。
夏休み初日の土曜日は、予報よりも良い天気で気温も上がった。
残念ながら海やプール、と言うほどではないが、出かけるには適した天気だっただろう。
しかし九州北部では、台風5号の影響で大雨となり、長崎県の五島列島と対馬と言った島嶼では「特別災害警報レベル5」が初めて公布された。
24時間で最大400ミリにも達し、現地では河川の氾濫や道路の冠水、土砂崩れが相次いだ。
昨日気象庁は初の「レベル5」を午前10時ごろに出し、11時から異例の緊急会見を行った。
気圧配置の関係から、ごく限られた地域で大雨が続いていた。
幸い警報は解除され、大きな被害は出ていない。
今日はまた梅雨空が戻って、気温も低目。
日中僅かに青空が見えた瞬間もあったが、いい加減梅雨明けが待ち遠しくなって来た。
だが週間予報にお日様マークはなく、少なくとも平年並みの梅雨明けは難しい状況に。
天気用語には「梅雨明け10日」と言う言葉があるそうで、向こう10日間程度安定した夏空が広がると予想されると「梅雨明け」宣言が出される。
今年は西日本の梅雨入りが異常なほど遅く、台風の影響による大雨は今日も続いた。
8月6~8日に開催される高齢の「仙台七夕祭り」には、「3日間の晴れはなし」と言うジンクスがある。
要するにたった3日間の開催期間中なのに、最低1日は雨天に見舞われる・・と言うのだ。
確かにそうなる事が多く、市民は昔からこのジンクスを信じているほどだ。
この時期になると、仙台上空の空には、すでに「秋」の冷たい空気が顔を出し始め、それが不安定な天気をもたらす。
しかも梅雨明けの平年は25日前後だから、「梅雨明け10日」にピタリと符合する。
七夕祭りの期間中は、二十四節気の「立秋」を迎えるから、ジンクスと言うよりもれっきとした季節の循環なのである。
震災で大きな被害を受けた県内の海水浴場も、年々再開し始めており、今年も何箇所か再開すると聞いた。
しかし梅雨明けが長引けば、せっかくの再開も喜んでばかりいられないだろう。
県内の海水浴場は、この週末に「海開き」してお盆頃には終了する。
お盆を過ぎると「土用波」と言って、波が荒れるようになるためだ。
空だけでなく、海も暦通りに「秋」の準備を始めてしまう訳で、海水浴を楽しむには今頃梅雨明けしていないといけない。
今年の夏は、いつも以上に短く、更に夏自体を味わえなくなるかも・・・。
飛行機ネタ。
先日ネットで動画を見ていたら、珍しいエアラインネタを見つけた。
動画では無数の飛行機物がアップされていて退屈しないが、正直「ピンからキリ」まで。
機材や撮影手法がプロの物から、素人さんの旅行物まで様々ある。
スマホでの動画は「瞬間的」な物以外見る価値はないけれど、ハンディカムなどでの撮影ならばある程度資料性はあると思う。
最も飛行機に関心ある人であればよいが、そうでなければあまり価値はない。
東南アジアの小国「ラオス」を旅行した動画で、それ自体は珍しいだろうか。
恐らく日本人には、東南アジアは馴染み深くてもラオスだけは知らない・・と言う人は多いだろう。
ラオスはインドシナ半島中央部に位置し、北に中国、東にベトナム、南にカンボジア、西にタイと囲まれた東南アジアでは唯一の「内陸国」。
正式名称は「ラオス人民民主共和国」で、首都はビエンチャン。
国土の面積は約24万平方キロで、日本だと北海道と東北を抜いたくらい。
首都のビエンチャンの人口は約70万。
ビエンチャン市内には、東南アジア一の大河メコン川が流れていて、これが隣国タイとの国境になっている。
国土の大半は森林地帯で、林業の他メコン川流域では米作が盛んだ。
国名の通り現在も社会主義政策を取る国だが、信教に対しては比較的寛容で、古くからの仏教国である。
国内には日本の鎌倉時代前後の寺院や仏像が数多く残されていて、歴史的価値の物も多く存在する。
第二次大戦中は、ベトナムと一緒にフランス領だったが、50年代に独立。
その後インドシナ半島は東西冷戦の「代理戦争」の場となって、ベトナム戦争やカンボジア内戦などの戦火が続いたが、ラオスは直接被害を受けなかった。
ベトナム戦争では、北ベトナムの補給路と見做されてアメリカ軍の攻撃を受けた事もあるが、ソ連の影響下で守られた形であった。
冷戦終結後は、市場経済制を導入したが、経済力は小さく、近年では中国との経済関係が深い。
逆に中国と犬猿の仲であるベトナムとも、さほど良好な関係ではない。
歴史的な見どころが多く、最近では外国人の観光客も受け入れるようになり、遅れていたインフラも大きく改善された。
つい10年ほど前は、ホテルと空港はビエンチャンに集中し、それらも国際基準を下回る程度だったが、現在は標準レベルにある。
最も便利なのはバンコクから入るルートで、飛行機で約1時間ほど。
古都ルアンパバーンなどの見どころも、ビエンチャン経由で日帰りできるので、人気があるようだ。
動画を撮影した人は日本人で、詳しいほどではないようだが飛行機は好きなようで、近年改築された同国唯一の国際空港・ワットタイ空港内部も紹介していた。
社会主義国だと、こうした撮影は禁止する事が多いが、ラオスではそうでもないようで興味深い。
最も同空港へはタイや中国のエアラインが10社ほど乗り入れるだけなので、ターミナルビルは日本のローカル空港程度の規模。
投稿者は観光地ルアンパバーンに向かおうとして、ラオスの国内線を運航する「ラオス国営航空」を予約しようとしたが、満席。
そこで同国のもう一つのエアラインで唯一のLCCでもある、「ラオス・スカイウェイ航空」を予約したと言う。
全く聞いたことがないエアラインに、若干不安だったようだが、カウンターやチェックインは確実・スムーズである。
ターミナルから機体まではLCC特有の徒歩だが、機材はプロペラ機なのでブリッジは使わない。
面白いのは数分違いで国営航空の便もあることで、座席数の不足を補う便の様である。
国営航空のの機材はATR-42-600だったようだが、こちらは・・・。
「あれ?同じような機材ですが・・ちょっと違いますね。国営航空の方はプロペラが6枚だけど、こっちは4枚。形も微妙に違うな。DHC-8かな?」
パッと見ではわからかったようだが、いざ機内に乗り込んで座席のエマージェンシーシートを見てびっくり。
「MA-60って書いてある。え?聞いたことのない飛行機だ・・」と絶句していた。
もちろん後からちゃんと調べたのだろうけど、この瞬間私ならば「貴重だよ」とツッコミを入れたくなるような機体である。
名前を聞いてああ、あれね・・と言える人は、かなりのマニアだろう(私は知っていた・笑)。
聞いたことがなくて当然だろう、「MA-60」とは中国製の旅客機だからである。
同機は古くから航空機を生産している「西安飛機工業公司」が開発した、双発ターボプロップ旅客機。
元となったのは70年に初飛行した「Y-7」と言う機体で、これは旧ソ連製の「アントノフ24」と同じ機体である。
60年代、中国とソ連はお互い抑制しつつも蜜月状態の関係だったが、中ソ国境紛争で関係が悪化。
それまでは近代化計画で、軍事部門を中心にソ連製の機体をライセンス生産していたが、断交でソ連は一切の供給を停止。
困った中国は、やむを得ず悪化する前の輸入した機体を「デッドコピー」することで数を揃えた。
70年代になると、共産党指導部の権力闘争である「文化大革命」が発生し、航空機開発は全て停止してしまった。
この改革は後に誤りであった事を中国共産党は認めているが、農民重視の妄想的改革は中国の文化レベルを僅か10年で半世紀分も遅らせたのである。
それでも軍用機や旅客機がなければ困る訳で、デッドコピーの手段を取らざるを得なかったとも言える。
デッドコピーとは、無許可のコピーであり、国際法上も完全な違法である。
国内で使う分には百歩譲れても、それを海外に売ることは違法行為になる。
中国は現在も、こうした違法コピーを繰り返す国として有名だが、その分外観はそっくりでも中身は別物だ。
「デッド」と言われるぐらいなので、本来の性能など出せるわけがない。
コピーの対象となる「本物」を、設計図もデータも全くなしに「見よう見まね」で作るのだ。
材質も「推定」であるから、出来上がって見なければどうなるかわからない・・・と言う、とんでもない代物なのだ。
そしてそれらが「本物」の性能を上回ることは、絶対ない。
「Y-7」も、中ソ関係が悪化する直前に輸入し、国内でのライセンス生産が決定していた機体であった。
国内で使うと言っても、当初はトラブルの塊。
墜落事故はもちろん、中国国内でさえ「危なくて使えない」と言われたほどであった。
なんとか改良されたのは、自由化が進んだ90年代になってからだった。
「MA-60」は「Y-7」を改良し、オリジナリティを加えた機体である。
とはいっても外観はほぼアントノフ24/Y-7の変わらず、胴体が若干延長されただけだ。
標準座席数は60席で、エンジンはカナダの大手「P&Wカナダ」と契約して輸入した「PW127」ターボプロップエンジンを装備する。
大きさとしてはDHC-8-400に相当するが、座席数は一回り小さい。
これはアントノフ24から同じだが、機体前方部に貨物室を設けているためで、乗客は通常機体の後部ドアから乗降する構造だ。
プロペラのブレードは4枚だが、複合材を使用した軽量な物で「ひねり」を持たせた現代風のブレードが採用されている。
アントノフ24とY-7ではキャビンの窓は円形で、荷物置き場は「棚」のハットラックだけだった。
時代を考慮すればスタンダードとも言えるが、90年代以降まで生産していたY-7も、そのままである。
さすがにMA-60では、キャビンは一新され、見た目はDHC-8やATRと遜色ないほどまで改良されている。
座席はエアラインごとに違うものの、窓は四角いタイプに変更。機内ではオーバーヘットストウェッジが標準化されている。
コクピットは完全グラスコクピットではないが、液晶パネルとアナログ計器の混用である。
コクピットの窓もY-7を受け継いだデザインではあるが、旧ソ連機特有の丸い窓は廃止され、客室窓も何処かDHC-8シリーズと似ている。
エンジンも同型なので、早い話Y-7とDHC-8シリーズを「ミックス」させたのがMA-60、と言う事だ。
Y-7は20年以上生産されたが、途中中止された時代があって、正確な生産数は不明だ。
500機前後生産されたとも言われるが「質より量」を優先させたことや、まだ中国が秘密主義の強い時代だったこともあり、実態は分からない。
ただ同機は少なくとも20件以上の重大事故を起こした事がわかっており、海外では現在も「飛行禁止」の指定を受ける機種である。
現在中国では、空軍が少数運用しているだけで民間では完全に退役したと言うが、海外では数十機が確認されている。
MA-60も生産数は不明で、これまでに120~150機程度生産されているようだ。
両機とも輸出での外貨取得を狙ったが、危険とされて待ったがかかっており、新型であるMA-60も同様。
海外の耐空証明は、見事なほど取れておらず、輸出は不可能である。
それでも飛んでいるのは、規制しない国で国内専用であれば・・と言う事で使う国はある。
中には中国お得意の「経済支援」で、ほぼ無償で提供された国・エアラインがほとんどで、要するにまともな旅客機を買えない国が、同機を運用していることになる。
ラオスもその一つで,安全で「高級」な西側製の機体は幹線や国際線用、「タダ」同然のY-7やMA-60は規制されない国内線用と割り切って運用しているようだ。
Y-7は、90年代に航法機器などを西側製に変更。主翼端にウィングレットを装着した「後期型」が存在するが、MA-60では再び廃止されている。
社会主義国特有の、細かい派生形が複数存在するY-7だが、そのほとんどは少数生産に留まっており、民間型では前期型と後期型に分けられる。
Y-7後期型では航法装置も西側標準に換装されたが、機体自体の安全基準が曖昧で、世界標準に達しておらず、なぜかMA-60でも同様だ。
MA-60の原形機は00年に初飛行し、すでに20年経ているのも関わらず、欧米の耐空証明は得られていない。
同機を最も導入したのはインドネシアのメルパチ航空で、12機を運用したが2度の重大事故を起こし、それがきっかけで倒産に至っている。
ネパールのフラッグキャリア・ネパール航空もY-7とMA-60を数機導入したが、現在は1機のMA-60だけが確認されている。
どうも「アフターサービス」の概念がない様で、売ったらそれきりらしい。
世界で儲けようとする中国は、そうしたアフターケアが全く欠けていて、世界から顰蹙を買っているが、航空機でも事情は同じらしい。
結果途上国では、無理やり飛ばしてダメになったら退役・・と思っているようだが、乗客になる立場ではたまらないところだ。
南太平洋の島国、トンガのエアライン「リアル・トンガ」では1機のMA-60を運用しているが、同国を訪れる観光客がが多いニュージーランド政府は、同機の利用を避けるよう勧告までしているほど。
トンガ政府は反発しているようだが、MA-60自体も確認できるだけで10件以上の重大事故を起こしているので、やむを得ないだろう。
問題はメーカーである西安と中国側が、ほとんど対処しない・できない事があると思う。
鉄道でも、中国は日本の高速鉄道の技術を「パクリ」、「自主開発だ」と言ってはばからない。
途上国への完全な「見下し」で、その誠意のなさや薄っぺらさは途上国にもバレている。
それでも事情で使わざる国もある訳だが、それで事故にいたってしまっては元も子もないだろう。
近年中国は「自主開発」の小型ジェット旅客機を開発したが、外観は完全な「MD-80」シリーズ。
既に200機以上の発注を集めていると言うが、ほとんどが中国国内のエアラインで「押しつけ」であろう。
中国はMD-80シリーズをライセンス生産した経験を生かして国産機を開発したが、エアラインはボーイング・エアバス機を大量に運用しており、今更国産機を自主的に使うとは思えない。
MA-60も、当初は幾つかのエアラインで運用されたようだが、現在は少数に減少した。
資金があれば、DHC-8でもATRでも買えるのだから、わざわざ「デッドコピー」の改良版など使う必然性はない。
事実MA-60も、全体の造りが粗雑で、故障と言うよりも生産自体が粗悪だとされる。
多少の技術力があれば、現地でカバーできないこともないだろうが、信頼できる機体を買った方が良いに決まっている。
「ラオス・スカイウェイズ」を利用した動画投稿者は、ジャーナリストとしても著名な方だが、後から中国製と聞いてかなり戸惑ったようだ。
「危険指定」の機体であることに、背筋が寒くなったかも。
旅客機の安全は、機体そのものだけでなく、航法装置や電子装備、緊急時の装備など総合的な「製品」として初めて価値が出るものだ。
世界のほとんどの国で「飛行禁止」されている機体である事は、言い換えれば相当の欠陥品であると言わざるを得ない。
だいたい当の中国で、ほとんど使われていないのだから。
とは言えマニアとしては「怖い物見たさ」と言う部分もあり、乗ってみたい気がしないでもないが・・・。
なおY-7とMA-60は、アフリカ諸国などで民間機の他、軍用輸送機として少数が使われている。
いずれもその国の開発に中国が多額の投資をしている国で、機体は投資・支援の一部として無償・もしくは格安で売られたものである。
残念ながら外貨をもたらし、中国経済と航空機技術の発展に寄与することは全く役に立っていないようである。
月曜にもかかわらず、街の人出は多い。
レストラン街や飲食店は賑わっていて、珍しい。
学生や、早めの「夏休み」の人が出始めたのかもしれない。
霧雨が降り続いていたが、傘を差すほどではなく、濃霧が地上に降りて来たような感じだ。
湿度は100%、気温は高くないが涼しさはない。
明日は前線が近づき、まとまった雨になる予報。
深夜には静岡県で大雨が降り、新幹線が止まったとニュースに出ていた。
暑くても、湿度の低いカラッとした青空が見たいな・・と思うのは、私だけではないだろう。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
憂鬱な梅雨空が続きますが、君は大丈夫ですか?
1年で最も不快な季節ですが、もうしばらくの辛抱かと思います。
「梅雨明けなし」の可能性は否定できませんが、高温高湿はそう長くは続かないでしょう。
今年の君は、どんな夏姿でしょうか?
なかなか完全な夏服を着られないと思いますが、仕方ないです。
夏休みの計画はありますか?
何処か旅行に行く、友人と会う・・・楽しい夏になることを願っています。
明日は雨になりそうですので、外出には機をつけて下さい。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
後つひに 妹にあはむと 朝霧の 命は生けり 恋は繁けど(万葉集巻十二 3040 物に寄せて思を陳ぶ)
"飛行機ネタ デッドコピーと改良版?Y-7とMA-60(7月22日 曇り時々雨 21℃)" へのコメントを書く