飛行機ネタ 機材も一衣帯水、中国国際航空(4月5日 晴れ 21℃)
ようやく春の到来を実感出来る時、桜も開花宣言で咲き始めた。
先月末から続いた冬のような寒さが、一週間も続いたのは意外だった。
だが油断禁物。今日は初夏のような陽気ではあったが、一日限定。
北の低気圧に向かって暖かい空気が流れ込んだ為で、明日以降気温は平年並みかそれ以下で推移。
天気自体すっかりしない日が続くと言う。
このまま暖かい日が続くのであれば申し分ないのだが、手放しで喜ぶにはもう少し様子を見た方が良さそうだ。
今日は月一忙しい日で、時間が気になって昨夜は殆ど眠れずじまい。
まあ一晩くらい寝ずとも、死ぬ事はあるまいに。
久し振りに早くから出かけ、いつしか眩しくなった日差しの下を歩くのは楽しい。
風が強く、ポカポカ陽気には感じなかったが、ちょうど良いくらいだ。
気温が上がると聞いていたから、上着も約半年振りに薄手のものに。
区役所やら銀行やら、月一の用事を一気に済ませて、午後からは毎月恒例の墓参りに行った。
泉中央からバスに乗ったが、途中あちこちの桜が綻んでいるのが見えた。
品種が違うのか、満開に近い木もあり、今日の暖かさで一気に咲いたのかも知れない。
問題は満開のタイミングだが、通常で言えば次の週末辺りが良さそうだ。
だが天候次第で、もう少しズレたり満開になるまえに葉が出てしまう恐れもある。
墓園に着く頃が一番気温が上がったのだろう、バス停からしばらく歩いたら汗ばんでいた。
事情があって先日のお彼岸に来れなかったから、花を活けて墓石を綺麗に拭いた。
しかし風が強く、お線香を焚くのに難儀した。
更にいつも持ち歩いているクリアケースに入れた写真が、拭き掃除をしているうちにお線香台の後ろ側にストンと落ちてしまった。
ところがお線香台と花台をどかしたのに、写真の姿がどこにもない。
風で飛ばされたはずもなく、母の写真が姿を消したのである。
よく見るとお線香台と花台が置いてある下には、白い大理石の板があり、墓石に接しているのだが、その間に数ミリの隙間が出来ていた。
凄い確率で、写真がその隙間に落ちたらしい。
クリアケースはハガキ大サイズなのに、隙間に見えない。
おかしい…慌てた私は管理事務所に行った。
ちょうど管理人のオジサンがいたので事情を話すと、「ああ、隙間に落っことしたかい?場所は?見てあげるよ。」
オジサンは墓石を見てすぐわかったらしく、二人で重い御影石のお線香台と花台をどかすと、大理石の板はいとめ簡単に開けることが出来た。
実はその下が「納骨室」になっていて、写真は綺麗に落ちていた。
恥ずかしながら墓石の構造をよく知らなかった私だが、大理石が長年のうちに少しずつズレて開いてしまっていたのだ。
墓を建てたのは祖母が亡くなった後、平成3年の事で私は納骨は全く記憶になかった。
とんだ所で27年振りの「ご開帳」をしてしまったのだが、中には布袋に包まれたお骨が入っていた。
恐らく祖母と、前年に亡くなった叔父か祖父のお骨だろう。
管理人のオジサンは「27年経ってるのに、そのまま残ってるねえ。隙間があると雨水が染み込んでしまってなくなってしまうもんだが…ああ、水が溜まらなかったのが良かったんだな。」
本当にご迷惑おかけして、すみませんでした。
母の納骨に躊躇している事を言うと、「ははは、お母さんはここに入れて欲しいと言っているのかな?それにしても不思議で因縁めいてるねえ。」と、しみじみ言いながら、手を合わせてくれた。
ありがとうございます。
いやはやなんちゅうハプニング。
写真は無事手元に戻ったが、三周忌を迎えたばかりなので、母は何を言わんとしているのだろうか。
それでもまだ納骨の決心はつかない。何度も言う通り、墓は叔父が管理費を払っているはずで、今後どうするつもりなのかわからない。
連絡もつかないし、納骨した途端叔母や従兄弟が勝手に墓終いなどすれば、トラブルに発展する。
出来れば、どうすれば良いのかはっきりと教えて欲しい、と改めて手を合わせて来たが、申し訳ない事であった。
管理人のオジサンが、大理石の板をきっちり墓石に寄せてくれて、「しばらくは落っこちる事はないでしょう。」と笑って戻って行った。
焦ったので、酷く疲れてしまった。
だが母や祖母のワガママを見た気がして、気味悪いとか嫌な気分ではない。
親子揃ってマイペースでしたから、いつまでもウジウジしている私に喝を入れようとしたのかな、とも思う。
更に帰りがけ、猛烈な腹痛に襲われトイレに駆け込んで事なきを得たが、その後落ち着くまでしばしかかった事をつけ加えておく。
飛行機ネタ。
今更言うまでもないが、中華人民共和国・中国は、アメリカ・ロシアと並んで第3の大国であり、衰えが見え始めているとは言え、その経済力は日本を上回る勢いである。
中国が急に経済力を伸ばしたのは、90年代から市場経済を導入したからであった。
ちょうどソ連が崩壊し、社会主義の理想が消えた時期であり、ソ連の二の舞を踏まないよう、社会主義体制を維持しつつ、資本主義経済を併用すると言う独自の政策が的中した結果と言える。
その良し悪しはともかくとして、中国の発展は今も続いており、それがあらゆる面に於いて脅威と取られている部分も否定出来ない。
忘れがちだが、中国はソ連と違って現在もバリバリの社会主義国であり、中国共産党が国民に対して一種の「アメとムチ」で経済を活性化させている。
80年代まで、中国のエアラインは旧ソ連と同じく国営の「中国民航」だけで、広大な国土は全て1社の独占であった。
しかし中国の社会主義は、60年代のソ連との対立・敵対関係で極端な全体主義に傾いていた。
70年代に始まった「文化大革命」は、知識と文明を否定し、かつて盟友であったソ連を「退廃的」と非難した。
約10年続いた極端な「文化大革命」は経済を破綻させ、国民の教育を否定したおかげで中国は発展途上国から後発途上国に落ちてしまった。
加えて共産党上層部は権利闘争と腐敗にまみれ、西側諸国より半世紀以上も遅れた国になっていた。
しかし「文化大革命」が過ちであったと否定され、中国は西側諸国に「追い付き追い越せ」をスローガンに急激な経済改革に着手したのである。
中国民航は50年代からソ連機を導入し近代化を進めたが、中ソ対立であらゆる技術や資材の輸入が不可能になった。
軍用機を含め、機材の調達に困った中国は「コピー」で乗り切ろうとしたが、「文化大革命」は技術者を粛清し、外国文化を排斥したため、「デッドコピー」しか作れなかった。
間違いを取り戻すためには、それまでの考えを180度改める必要があり、80年代末の中国民航の実態はお粗末の一言であった。
東西冷戦が終わった時、機材は古いソ連機ばかりで国際基準に合った機体はほとんどなかったのである。
中国政府は民航を解体し、民営化することで大幅な刷新を図る事にした。
ある意味、日本の国鉄が分割民営化したように、市場経済を取り入れることで民営化させたのである。
ソ連の国営アエロフロートも同じ道を辿っていたが、民営化された各地方支局のエアラインが軒並み運航を続けられなかったのに対し、中国では比較的スムーズに移行できた。
これは積極的な海外資本や、海外在住の「華僑」などからの出資も呼び込んだ結果であった。
主な分割は、上海支局を「中国東方航空」、広州支局を「中国南方航空」、成都支局は「中国西南航空」、昆明支局が「中国雲南航空」、西安支局が「中国西北航空」、瀋陽支局は「中国北方航空」と言った具合に、80年代後半だけで全国に20社以上の「民間エアライン」が誕生した。
当初の機材は民航時代の旧ソ連機ばかりで、数年はどのエアラインも事故を多発させ、政府を慌てさせた。
やがてボーイングやエアバスなどの西側機材が導入されることになっていくが、当時中国国内の航空路は「メートル法」を使っており、「フィート法」の世界基準ではなかった。
国内航空事情はソ連以上に「鎖国的」な状況にあり、航空管制もほとんど中国語で行われていたため、運行には危険が付きまとった。
外貨取得のため、各社は直ぐに国際線の運航を開始し、特に友好国になった日本はいち早く航空協定を結んで、各社の就航に協力した。
民航の本部があった北京と、当初から運航していた国際線に関しては「中国国際航空」が設立され、民航時代に一定の経験はあったものの、経験豊富な乗務員は限定的であった。
メインで最も大きな規模の中国国際航空ですら、90年代前半までは西側製の機体を先んじて導入しつつ、運航乗務員には「航法士」と英語に堪能な「通信士」を乗せて運航していたのである。
しかしそうした人材が少ない地方各社では、教育が追いつかず、英語のやり取りやフィート換算などの間違いで重大事故に発展するケースが続出していた。
今こそ中国のエアラインは事故はほとんどなくなったが、東方航空や南方航空と言った比較的大きなエアランでさえ、西側では考えられない事故を頻発させ、一時エアライン指定でEU乗り入れ禁止になったこともある。
さすがにフラッグキャリアとなった「中国国際航空」は、そこまで酷くはなかったが、それでも何度か墜落事故を起こしている。
2000年代になると、政府の指導方針が変わり、複数のエアラインは統合・整理され、同時に「旧民航系列」以外の全く独立系の民営エアラインが進出するようになり、競争が激化した。
エアラインの充実は国策の優先事項に指定されていたため、外国人の雇用も大きく認め、世界基準に追いつく方針を奨励したのである。
中国国際航空は88年に設立され、民航が唯一保有していたボーイング機などを全て受け継ぐとともに、中国共産党御用達の指定エアラインでもある。
英語名は「エア・チャイナ」で、似たような名前に「チャイナ・エアライン」があるが、こちらは台湾のフラッグキャリアで別物である。
ここでは紛らわしいので「中国国際航空」を使用するが、国際2レターコードは「CA」で、チャイナ・エアラインは「CI」だからややこしい。
↑(2枚)世界で3社しか運航していないB747-8I(ウィキペディア英語版より)
現在同社は国内外201都市に就航し、414機を保有する世界屈指のメガキャリアに成長し、文字通り「中華世界」を世界中に良くも悪くも広げている。
路線は南極大陸以外全ての大陸に拡がっており、批判される事の多い「一衣帯水」に一翼を担っている。
また政府専用機としても同社の機体が運航され、最近では北朝鮮の最高指導者・金正恩氏が米朝首脳会談に向かう際、同社のB747-400が提供された事は記憶に新しい。
↑3機が残るB747-400(ウィキペディア英語版より)
政治的にこれほど利用されるエアラインも珍しく、中国のエアラインとしては破格の待遇が与えられている。
90年代後半以降は、矢継ぎ早にボーイングとエアバスの最新鋭機を導入しており、現在も売られている旅客機のほとんどを保有する「見本市」みたいなエアラインでもある。
貨物機以外ではほとんど需要がない、ボーイング747-8の旅客型を運航する希少なエアラインとしてもファンには知られており、北米線専用機として運航される。
最近貿易摩擦で何かときな臭い米中関係だが、中国にとってアメリカはへつらう事は出来なくとも、敵には絶対回したくない相手で、その政策は解放政策直後から続けられている。
中国国際航空のソ連機脱却には、アメリカ機が不可欠であり、民航時代には既にボーイング747を導入している。
当初は虎の子的存在でVIP機の扱いだったが、やはり希少な「747SP」を導入して北米線に就航させている。
90年代まではB747-200も北米線に投入されていたが、航続距離の関係で直行出来ず、一時機は東京・成田経由で運航していた。
まだ格安チケットが存在しない時代にあって、同社の運賃は安かったため「以遠権」を行使することで日本~アメリカ間の利用も多く見られた。
↑2000年代まで使われていたB747SP(ウィキペディア英語版より)
↑中国民航時代に導入されたB747-200(ウィキペディア英語版より)
現在保有機は以下である。
◎A319・・・33機
◎A320…44機(+11機)
◎A320neo・・・7機(+6機)
◎A321…61機
◎A321neo・・・5機(+7機)
◎A330…59機(+6機)
◎A350-900・・・8機(+2機)
◎B737-700・・・18機
◎B737-800…112機(+50機)
◎B737-MAX8…15機(+30機)
◎B747-400・・・3機
◎B747-8I…7機
◎B777-300ER…28機
◎B787-9…14機(+1機)
2大メーカーを競合させるという点では、同社も世界共通のやり方を踏襲しているが、全体的にはボーイング製の方に変重傾向が見られる。
これも中国政府の国策企業の一面を見る思いだが、中国にはエアバスの現地法人があり、同社以外のエアライン用にA320シリーズの生産が行われている。
実は同社のエアバス機はほとんどヨーロッパ本社製で、「国産機」は他のエアラインが購入する事が多い。
↑運航停止中のB737-MAX8(ウィキペディア英語版より)
リストを見ると、先月事故を起こしたB737-MAX8の機数が注目されるが、エチオピア航空機事故の直後、中国政府はいち早く同機の運航を停止させており、現在も継続中である。
ただナローボディ機のメインは見ての通り、100機以上を保有するB737-700/800であり、MAXの代替え運航に充てられている。
日本線には主にA330、A321、そしてB737がレギュラーとして運航しているが、特に地方路線では季節需要にこまめに応えるよう機材を変更する事が多い。
↑ワイドボディ機では最大機数を誇るA330-300(ウィキペディア英語版より)
ワイドボディ機で最も多いのがA330だが、これはアジア線の主力であるほか、国内幹線の主力としても運航されるためである。
さすが世界一の人口を持つだけあり、国内幹線は常に高需要であり、日本と同じくワイドボディ機が運用される。
かつては間合い使用として、国際線用のB747やA340が国内幹線で運航された事もある。
日本では経済性や、内外機変更手続きの複雑さからほとんど行われないが、中国では頻繁に行われていた。
現在は少なくなって、同じA330でも国際線用と国内線用に分けられており、キャビンの仕様が違う。
↑(2枚)最大勢力のB737-800と国内線のビジネスクラス(ウィキペディア英語版より)
その他注目すべきは、上記のB747-8Iと400だが、このうちそれぞれ1機ずつは政府専用機になっており、金正恩氏に提供したのも政府専用機の747-400である。
ただし外観は通常の「中国国際航空」の塗装になっており、登録記号で判断するしかない。
また国家主席や首相クラス以外の政府要人などは、通常の機材を利用する事が多い。
日本線では2000年代までB737-300で運航されていた時期があり、日本で見られる、乗れる唯一の貴重な300がたであった。
仙台空港でも上海経由北京線は、当初737-300で運航され、何度か運休後700、そして800型に変更された。
↑日本で唯一定期便で運航されたB737-300(ウィキペディア英語版より)
同社の機材は747以外のワイドボディ機はプレミアムエコノミーを含む3クラス、ナローボディ機はビジネスを含む2クラス。
更に国内線用と国際線用に分けられる。
ヨーロッパへは主にB777-300ERが主力となっているが、最新鋭のA350も投入されている。
↑(3枚)「一衣帯水」で全大陸に運航する長距離機。B777-300ER/B787-9/A350-900(ウィキペディア英語版より)
また787はオセアニアや中近東、アフリカ線へ投入される。
国内は約70都市に就航し、意外にもアジアは主だった都市が多く、同社のメインはもっぱら長距離国際線である。
だが北朝鮮の首都平壌に唯一定期便を飛ばしているのも同社だけで、北朝鮮にとっても「命綱」の様な路線である。
サービスと言う点では路線によってかなりの差があるようで、幹線ではフラッグキャリアの名に恥じないレベルと言われるが、国内線や近距離国際線ではそうでもないようだ。
一時期騒がれた日本への観光客による「爆買い」はなりを潜めたようだが、訪日者数では相変わらず中国人がトップ。
いわゆる「マナーの悪さ」は、自国のエアラインだけに遠慮がないようで、日本人にはちょっと「ドン引き」することもままあると言う。
例えば機内食の「食器」を平気で持ち帰るとか、トイレを綺麗に使わないと言ったことは日常茶飯事。
問題なのはそれを是正しようとしない乗務員にも責任がありそうだが、お国事情とは言え海外ではちょっと恥ずかしい事ではないかと思う。
中国人も分かっている人は多いようで、特に日本を何度も訪れるリピーターは「人の振り見てわが身を直せ」と思う様だが、人数が多いからマナーが浸透しないようだ。
国内線でも時折乗客同士がけんかしたり、酔った乗客が騒いだり機内を汚すなどは報じられることもある。
政府はそうしたマナー違反の撲滅に必死だと言うが、13億の人民パワーはなかなか言う事を聞かないようだ。
国際線の機内食は中華料理も豊富だと言うが、時間の短い日本線では簡単なボックスミールであることも多く、がっかりする日本人はいるようである。
この辺が「社会主義国」のエアラインと言う事なのだろうか、乗務員も必要以外の仕事はやらない・・と言う認識が少なからずあるようだ。
安全性では02年に韓国・釜山行きのB767が霧中の飛行で墜落事故を起こした以外、現在まで大きな事故は起こしていない。
そういう点では比較的安心できるエアラインと言えるが、最近で独立系新興エアラインのサービスのクオリティが向上しており、「親方体質」がいつまで続くかは疑問だ。
だが同じ中国系でも香港のキャセイ・パシフィック航空や台湾のエバー航空は、世界的な高評価を得ているエアラインであり、国民性ではなくお国事情によるところが大きいようだ。
↑(2枚)日本線の主力機でもあるA321(ウィキペディア英語版より)
私は、中国国際航空の塗装が意外と好きだ。
実際には民航時代からほとんど変わっていない、古い「チートライン」をモチーフにしたデザイン。
社名が「中国民航」から「AIR CHINA 中国国際航空」に変わったのと、尾翼の国旗が伝統の「鳳凰」をモチーフにしたマークに変更されただけだ。
またチートラインも客室窓から、その下側に写っているので印象が変ったが、最新鋭のB747-8Iと747-400は「伝統」の「本筋」を踏襲しているところが凄い。
正直古臭さを感じるのだが、これだけ国が豊かになっても生真面目な「お役所的」デザインを守っている事が、逆に親しみを感じる。
胴体の上半分が白、下半分がグレイと言う塗り分けも30年以上前のセンスだが、最新鋭の機材でもさほど違和感がない。
唯一胴体の形のせいで787だけ、グレーが目立ってどこか野暮ったいが、737やA320シリーズの様なナローボディ機だとさほど古さも違和感も感じさせないのが不思議だ。
↑(4枚)現役ナローボディ機4種。A320neo・A320・A319・B737-700(ウィキペディア英語版より)
尚中国国際航空は、傘下に日本に就航している「エア・マカオ」「山東航空」の他、大連航空・深玔航空を持つ。
航空同盟「スターアライアンス」に加盟しており、日本では全日空とコードシェア運行を行うほか、キャセイ・パシフィック航空・ハワイアン航空・ヴァージンアトランテック航空とも業務提携を行って、一部の便のコードシェア運行を実施している。
↑傘下エアラインの大連航空とエア・マカオ(ウィキペディア英語版より)
サービスレベルではまだ評価が高いとは言えないが、路線網はトップクラスであり、外国人の利用も増加している。
メンツを重んじるお国柄でもあるので、今後サービスの向上も期待できるエアラインと言って良いと思う。
日没後、風向きが代わり気温は一気に低下した。
最高気温21℃は5月下旬並みで、子供ならば半袖姿で充分なほど。
しかし夕方以降は北風が暴風になっており、一晩中音を立てて吹いている。
日中JRでは遅延が出たと言うが、明日もその影響が出そうだ。
予想気温も13℃と、大幅に下がって平年並みに。
天気が良いからと、うっかり薄着で出かけないように。
だが今日は建物や乗り物の中は暑かった。
今後はヘリ年並みか、それ以下の日もありそうで「お花見」には注意が必要だ。
残念ながら明日は風が強いままの様で、間違っても公園でカセットコンロなどは使わないように。
せっかくの開花宣言も、暴風と低温で水を差されるかも知れない。
今日は不思議な1日で、決して愉快なことでもなかったけれど、家に無事帰ったら部屋の蛍光灯が突然切れた・・・。
やはり母や祖母が付いて来たのだろうか・・・。
元気ですか?
今日は良い1日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
遂に桜が開花宣言を迎えました。
今日七北田公園前を通ったら、いくつかが綻んでいるのが見えました。
君も良く見ていた桜が、今年も咲き始めたようです。
今日は暖かいと言うより暑いくらいで、君も職場では半袖姿だったかもしれません。
ですが今日だけの様ですので、薄着は今しばらく我慢した方が良さそうです。
風も強い様なので、外出には充分気をつけて下さい。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
咲く花は 過ぐる時あれど わが恋ふる 心の中は 止む時もなし(万葉集巻十一 2785 物に寄せて思を陳ぶ)
☆今日のバス
96号車 08年式いすゞエルガ(LV234L2) 泉営業所
6767号車 97年式三菱ふそうニューエアロスター(MP717M) 仙台市交通局実沢営業所
先月末から続いた冬のような寒さが、一週間も続いたのは意外だった。
だが油断禁物。今日は初夏のような陽気ではあったが、一日限定。
北の低気圧に向かって暖かい空気が流れ込んだ為で、明日以降気温は平年並みかそれ以下で推移。
天気自体すっかりしない日が続くと言う。
このまま暖かい日が続くのであれば申し分ないのだが、手放しで喜ぶにはもう少し様子を見た方が良さそうだ。
今日は月一忙しい日で、時間が気になって昨夜は殆ど眠れずじまい。
まあ一晩くらい寝ずとも、死ぬ事はあるまいに。
久し振りに早くから出かけ、いつしか眩しくなった日差しの下を歩くのは楽しい。
風が強く、ポカポカ陽気には感じなかったが、ちょうど良いくらいだ。
気温が上がると聞いていたから、上着も約半年振りに薄手のものに。
区役所やら銀行やら、月一の用事を一気に済ませて、午後からは毎月恒例の墓参りに行った。
泉中央からバスに乗ったが、途中あちこちの桜が綻んでいるのが見えた。
品種が違うのか、満開に近い木もあり、今日の暖かさで一気に咲いたのかも知れない。
問題は満開のタイミングだが、通常で言えば次の週末辺りが良さそうだ。
だが天候次第で、もう少しズレたり満開になるまえに葉が出てしまう恐れもある。
墓園に着く頃が一番気温が上がったのだろう、バス停からしばらく歩いたら汗ばんでいた。
事情があって先日のお彼岸に来れなかったから、花を活けて墓石を綺麗に拭いた。
しかし風が強く、お線香を焚くのに難儀した。
更にいつも持ち歩いているクリアケースに入れた写真が、拭き掃除をしているうちにお線香台の後ろ側にストンと落ちてしまった。
ところがお線香台と花台をどかしたのに、写真の姿がどこにもない。
風で飛ばされたはずもなく、母の写真が姿を消したのである。
よく見るとお線香台と花台が置いてある下には、白い大理石の板があり、墓石に接しているのだが、その間に数ミリの隙間が出来ていた。
凄い確率で、写真がその隙間に落ちたらしい。
クリアケースはハガキ大サイズなのに、隙間に見えない。
おかしい…慌てた私は管理事務所に行った。
ちょうど管理人のオジサンがいたので事情を話すと、「ああ、隙間に落っことしたかい?場所は?見てあげるよ。」
オジサンは墓石を見てすぐわかったらしく、二人で重い御影石のお線香台と花台をどかすと、大理石の板はいとめ簡単に開けることが出来た。
実はその下が「納骨室」になっていて、写真は綺麗に落ちていた。
恥ずかしながら墓石の構造をよく知らなかった私だが、大理石が長年のうちに少しずつズレて開いてしまっていたのだ。
墓を建てたのは祖母が亡くなった後、平成3年の事で私は納骨は全く記憶になかった。
とんだ所で27年振りの「ご開帳」をしてしまったのだが、中には布袋に包まれたお骨が入っていた。
恐らく祖母と、前年に亡くなった叔父か祖父のお骨だろう。
管理人のオジサンは「27年経ってるのに、そのまま残ってるねえ。隙間があると雨水が染み込んでしまってなくなってしまうもんだが…ああ、水が溜まらなかったのが良かったんだな。」
本当にご迷惑おかけして、すみませんでした。
母の納骨に躊躇している事を言うと、「ははは、お母さんはここに入れて欲しいと言っているのかな?それにしても不思議で因縁めいてるねえ。」と、しみじみ言いながら、手を合わせてくれた。
ありがとうございます。
いやはやなんちゅうハプニング。
写真は無事手元に戻ったが、三周忌を迎えたばかりなので、母は何を言わんとしているのだろうか。
それでもまだ納骨の決心はつかない。何度も言う通り、墓は叔父が管理費を払っているはずで、今後どうするつもりなのかわからない。
連絡もつかないし、納骨した途端叔母や従兄弟が勝手に墓終いなどすれば、トラブルに発展する。
出来れば、どうすれば良いのかはっきりと教えて欲しい、と改めて手を合わせて来たが、申し訳ない事であった。
管理人のオジサンが、大理石の板をきっちり墓石に寄せてくれて、「しばらくは落っこちる事はないでしょう。」と笑って戻って行った。
焦ったので、酷く疲れてしまった。
だが母や祖母のワガママを見た気がして、気味悪いとか嫌な気分ではない。
親子揃ってマイペースでしたから、いつまでもウジウジしている私に喝を入れようとしたのかな、とも思う。
更に帰りがけ、猛烈な腹痛に襲われトイレに駆け込んで事なきを得たが、その後落ち着くまでしばしかかった事をつけ加えておく。
飛行機ネタ。
今更言うまでもないが、中華人民共和国・中国は、アメリカ・ロシアと並んで第3の大国であり、衰えが見え始めているとは言え、その経済力は日本を上回る勢いである。
中国が急に経済力を伸ばしたのは、90年代から市場経済を導入したからであった。
ちょうどソ連が崩壊し、社会主義の理想が消えた時期であり、ソ連の二の舞を踏まないよう、社会主義体制を維持しつつ、資本主義経済を併用すると言う独自の政策が的中した結果と言える。
その良し悪しはともかくとして、中国の発展は今も続いており、それがあらゆる面に於いて脅威と取られている部分も否定出来ない。
忘れがちだが、中国はソ連と違って現在もバリバリの社会主義国であり、中国共産党が国民に対して一種の「アメとムチ」で経済を活性化させている。
80年代まで、中国のエアラインは旧ソ連と同じく国営の「中国民航」だけで、広大な国土は全て1社の独占であった。
しかし中国の社会主義は、60年代のソ連との対立・敵対関係で極端な全体主義に傾いていた。
70年代に始まった「文化大革命」は、知識と文明を否定し、かつて盟友であったソ連を「退廃的」と非難した。
約10年続いた極端な「文化大革命」は経済を破綻させ、国民の教育を否定したおかげで中国は発展途上国から後発途上国に落ちてしまった。
加えて共産党上層部は権利闘争と腐敗にまみれ、西側諸国より半世紀以上も遅れた国になっていた。
しかし「文化大革命」が過ちであったと否定され、中国は西側諸国に「追い付き追い越せ」をスローガンに急激な経済改革に着手したのである。
中国民航は50年代からソ連機を導入し近代化を進めたが、中ソ対立であらゆる技術や資材の輸入が不可能になった。
軍用機を含め、機材の調達に困った中国は「コピー」で乗り切ろうとしたが、「文化大革命」は技術者を粛清し、外国文化を排斥したため、「デッドコピー」しか作れなかった。
間違いを取り戻すためには、それまでの考えを180度改める必要があり、80年代末の中国民航の実態はお粗末の一言であった。
東西冷戦が終わった時、機材は古いソ連機ばかりで国際基準に合った機体はほとんどなかったのである。
中国政府は民航を解体し、民営化することで大幅な刷新を図る事にした。
ある意味、日本の国鉄が分割民営化したように、市場経済を取り入れることで民営化させたのである。
ソ連の国営アエロフロートも同じ道を辿っていたが、民営化された各地方支局のエアラインが軒並み運航を続けられなかったのに対し、中国では比較的スムーズに移行できた。
これは積極的な海外資本や、海外在住の「華僑」などからの出資も呼び込んだ結果であった。
主な分割は、上海支局を「中国東方航空」、広州支局を「中国南方航空」、成都支局は「中国西南航空」、昆明支局が「中国雲南航空」、西安支局が「中国西北航空」、瀋陽支局は「中国北方航空」と言った具合に、80年代後半だけで全国に20社以上の「民間エアライン」が誕生した。
当初の機材は民航時代の旧ソ連機ばかりで、数年はどのエアラインも事故を多発させ、政府を慌てさせた。
やがてボーイングやエアバスなどの西側機材が導入されることになっていくが、当時中国国内の航空路は「メートル法」を使っており、「フィート法」の世界基準ではなかった。
国内航空事情はソ連以上に「鎖国的」な状況にあり、航空管制もほとんど中国語で行われていたため、運行には危険が付きまとった。
外貨取得のため、各社は直ぐに国際線の運航を開始し、特に友好国になった日本はいち早く航空協定を結んで、各社の就航に協力した。
民航の本部があった北京と、当初から運航していた国際線に関しては「中国国際航空」が設立され、民航時代に一定の経験はあったものの、経験豊富な乗務員は限定的であった。
メインで最も大きな規模の中国国際航空ですら、90年代前半までは西側製の機体を先んじて導入しつつ、運航乗務員には「航法士」と英語に堪能な「通信士」を乗せて運航していたのである。
しかしそうした人材が少ない地方各社では、教育が追いつかず、英語のやり取りやフィート換算などの間違いで重大事故に発展するケースが続出していた。
今こそ中国のエアラインは事故はほとんどなくなったが、東方航空や南方航空と言った比較的大きなエアランでさえ、西側では考えられない事故を頻発させ、一時エアライン指定でEU乗り入れ禁止になったこともある。
さすがにフラッグキャリアとなった「中国国際航空」は、そこまで酷くはなかったが、それでも何度か墜落事故を起こしている。
2000年代になると、政府の指導方針が変わり、複数のエアラインは統合・整理され、同時に「旧民航系列」以外の全く独立系の民営エアラインが進出するようになり、競争が激化した。
エアラインの充実は国策の優先事項に指定されていたため、外国人の雇用も大きく認め、世界基準に追いつく方針を奨励したのである。
中国国際航空は88年に設立され、民航が唯一保有していたボーイング機などを全て受け継ぐとともに、中国共産党御用達の指定エアラインでもある。
英語名は「エア・チャイナ」で、似たような名前に「チャイナ・エアライン」があるが、こちらは台湾のフラッグキャリアで別物である。
ここでは紛らわしいので「中国国際航空」を使用するが、国際2レターコードは「CA」で、チャイナ・エアラインは「CI」だからややこしい。
↑(2枚)世界で3社しか運航していないB747-8I(ウィキペディア英語版より)
現在同社は国内外201都市に就航し、414機を保有する世界屈指のメガキャリアに成長し、文字通り「中華世界」を世界中に良くも悪くも広げている。
路線は南極大陸以外全ての大陸に拡がっており、批判される事の多い「一衣帯水」に一翼を担っている。
また政府専用機としても同社の機体が運航され、最近では北朝鮮の最高指導者・金正恩氏が米朝首脳会談に向かう際、同社のB747-400が提供された事は記憶に新しい。
↑3機が残るB747-400(ウィキペディア英語版より)
政治的にこれほど利用されるエアラインも珍しく、中国のエアラインとしては破格の待遇が与えられている。
90年代後半以降は、矢継ぎ早にボーイングとエアバスの最新鋭機を導入しており、現在も売られている旅客機のほとんどを保有する「見本市」みたいなエアラインでもある。
貨物機以外ではほとんど需要がない、ボーイング747-8の旅客型を運航する希少なエアラインとしてもファンには知られており、北米線専用機として運航される。
最近貿易摩擦で何かときな臭い米中関係だが、中国にとってアメリカはへつらう事は出来なくとも、敵には絶対回したくない相手で、その政策は解放政策直後から続けられている。
中国国際航空のソ連機脱却には、アメリカ機が不可欠であり、民航時代には既にボーイング747を導入している。
当初は虎の子的存在でVIP機の扱いだったが、やはり希少な「747SP」を導入して北米線に就航させている。
90年代まではB747-200も北米線に投入されていたが、航続距離の関係で直行出来ず、一時機は東京・成田経由で運航していた。
まだ格安チケットが存在しない時代にあって、同社の運賃は安かったため「以遠権」を行使することで日本~アメリカ間の利用も多く見られた。
↑2000年代まで使われていたB747SP(ウィキペディア英語版より)
↑中国民航時代に導入されたB747-200(ウィキペディア英語版より)
現在保有機は以下である。
◎A319・・・33機
◎A320…44機(+11機)
◎A320neo・・・7機(+6機)
◎A321…61機
◎A321neo・・・5機(+7機)
◎A330…59機(+6機)
◎A350-900・・・8機(+2機)
◎B737-700・・・18機
◎B737-800…112機(+50機)
◎B737-MAX8…15機(+30機)
◎B747-400・・・3機
◎B747-8I…7機
◎B777-300ER…28機
◎B787-9…14機(+1機)
2大メーカーを競合させるという点では、同社も世界共通のやり方を踏襲しているが、全体的にはボーイング製の方に変重傾向が見られる。
これも中国政府の国策企業の一面を見る思いだが、中国にはエアバスの現地法人があり、同社以外のエアライン用にA320シリーズの生産が行われている。
実は同社のエアバス機はほとんどヨーロッパ本社製で、「国産機」は他のエアラインが購入する事が多い。
↑運航停止中のB737-MAX8(ウィキペディア英語版より)
リストを見ると、先月事故を起こしたB737-MAX8の機数が注目されるが、エチオピア航空機事故の直後、中国政府はいち早く同機の運航を停止させており、現在も継続中である。
ただナローボディ機のメインは見ての通り、100機以上を保有するB737-700/800であり、MAXの代替え運航に充てられている。
日本線には主にA330、A321、そしてB737がレギュラーとして運航しているが、特に地方路線では季節需要にこまめに応えるよう機材を変更する事が多い。
↑ワイドボディ機では最大機数を誇るA330-300(ウィキペディア英語版より)
ワイドボディ機で最も多いのがA330だが、これはアジア線の主力であるほか、国内幹線の主力としても運航されるためである。
さすが世界一の人口を持つだけあり、国内幹線は常に高需要であり、日本と同じくワイドボディ機が運用される。
かつては間合い使用として、国際線用のB747やA340が国内幹線で運航された事もある。
日本では経済性や、内外機変更手続きの複雑さからほとんど行われないが、中国では頻繁に行われていた。
現在は少なくなって、同じA330でも国際線用と国内線用に分けられており、キャビンの仕様が違う。
↑(2枚)最大勢力のB737-800と国内線のビジネスクラス(ウィキペディア英語版より)
その他注目すべきは、上記のB747-8Iと400だが、このうちそれぞれ1機ずつは政府専用機になっており、金正恩氏に提供したのも政府専用機の747-400である。
ただし外観は通常の「中国国際航空」の塗装になっており、登録記号で判断するしかない。
また国家主席や首相クラス以外の政府要人などは、通常の機材を利用する事が多い。
日本線では2000年代までB737-300で運航されていた時期があり、日本で見られる、乗れる唯一の貴重な300がたであった。
仙台空港でも上海経由北京線は、当初737-300で運航され、何度か運休後700、そして800型に変更された。
↑日本で唯一定期便で運航されたB737-300(ウィキペディア英語版より)
同社の機材は747以外のワイドボディ機はプレミアムエコノミーを含む3クラス、ナローボディ機はビジネスを含む2クラス。
更に国内線用と国際線用に分けられる。
ヨーロッパへは主にB777-300ERが主力となっているが、最新鋭のA350も投入されている。
↑(3枚)「一衣帯水」で全大陸に運航する長距離機。B777-300ER/B787-9/A350-900(ウィキペディア英語版より)
また787はオセアニアや中近東、アフリカ線へ投入される。
国内は約70都市に就航し、意外にもアジアは主だった都市が多く、同社のメインはもっぱら長距離国際線である。
だが北朝鮮の首都平壌に唯一定期便を飛ばしているのも同社だけで、北朝鮮にとっても「命綱」の様な路線である。
サービスと言う点では路線によってかなりの差があるようで、幹線ではフラッグキャリアの名に恥じないレベルと言われるが、国内線や近距離国際線ではそうでもないようだ。
一時期騒がれた日本への観光客による「爆買い」はなりを潜めたようだが、訪日者数では相変わらず中国人がトップ。
いわゆる「マナーの悪さ」は、自国のエアラインだけに遠慮がないようで、日本人にはちょっと「ドン引き」することもままあると言う。
例えば機内食の「食器」を平気で持ち帰るとか、トイレを綺麗に使わないと言ったことは日常茶飯事。
問題なのはそれを是正しようとしない乗務員にも責任がありそうだが、お国事情とは言え海外ではちょっと恥ずかしい事ではないかと思う。
中国人も分かっている人は多いようで、特に日本を何度も訪れるリピーターは「人の振り見てわが身を直せ」と思う様だが、人数が多いからマナーが浸透しないようだ。
国内線でも時折乗客同士がけんかしたり、酔った乗客が騒いだり機内を汚すなどは報じられることもある。
政府はそうしたマナー違反の撲滅に必死だと言うが、13億の人民パワーはなかなか言う事を聞かないようだ。
国際線の機内食は中華料理も豊富だと言うが、時間の短い日本線では簡単なボックスミールであることも多く、がっかりする日本人はいるようである。
この辺が「社会主義国」のエアラインと言う事なのだろうか、乗務員も必要以外の仕事はやらない・・と言う認識が少なからずあるようだ。
安全性では02年に韓国・釜山行きのB767が霧中の飛行で墜落事故を起こした以外、現在まで大きな事故は起こしていない。
そういう点では比較的安心できるエアラインと言えるが、最近で独立系新興エアラインのサービスのクオリティが向上しており、「親方体質」がいつまで続くかは疑問だ。
だが同じ中国系でも香港のキャセイ・パシフィック航空や台湾のエバー航空は、世界的な高評価を得ているエアラインであり、国民性ではなくお国事情によるところが大きいようだ。
↑(2枚)日本線の主力機でもあるA321(ウィキペディア英語版より)
私は、中国国際航空の塗装が意外と好きだ。
実際には民航時代からほとんど変わっていない、古い「チートライン」をモチーフにしたデザイン。
社名が「中国民航」から「AIR CHINA 中国国際航空」に変わったのと、尾翼の国旗が伝統の「鳳凰」をモチーフにしたマークに変更されただけだ。
またチートラインも客室窓から、その下側に写っているので印象が変ったが、最新鋭のB747-8Iと747-400は「伝統」の「本筋」を踏襲しているところが凄い。
正直古臭さを感じるのだが、これだけ国が豊かになっても生真面目な「お役所的」デザインを守っている事が、逆に親しみを感じる。
胴体の上半分が白、下半分がグレイと言う塗り分けも30年以上前のセンスだが、最新鋭の機材でもさほど違和感がない。
唯一胴体の形のせいで787だけ、グレーが目立ってどこか野暮ったいが、737やA320シリーズの様なナローボディ機だとさほど古さも違和感も感じさせないのが不思議だ。
↑(4枚)現役ナローボディ機4種。A320neo・A320・A319・B737-700(ウィキペディア英語版より)
尚中国国際航空は、傘下に日本に就航している「エア・マカオ」「山東航空」の他、大連航空・深玔航空を持つ。
航空同盟「スターアライアンス」に加盟しており、日本では全日空とコードシェア運行を行うほか、キャセイ・パシフィック航空・ハワイアン航空・ヴァージンアトランテック航空とも業務提携を行って、一部の便のコードシェア運行を実施している。
↑傘下エアラインの大連航空とエア・マカオ(ウィキペディア英語版より)
サービスレベルではまだ評価が高いとは言えないが、路線網はトップクラスであり、外国人の利用も増加している。
メンツを重んじるお国柄でもあるので、今後サービスの向上も期待できるエアラインと言って良いと思う。
日没後、風向きが代わり気温は一気に低下した。
最高気温21℃は5月下旬並みで、子供ならば半袖姿で充分なほど。
しかし夕方以降は北風が暴風になっており、一晩中音を立てて吹いている。
日中JRでは遅延が出たと言うが、明日もその影響が出そうだ。
予想気温も13℃と、大幅に下がって平年並みに。
天気が良いからと、うっかり薄着で出かけないように。
だが今日は建物や乗り物の中は暑かった。
今後はヘリ年並みか、それ以下の日もありそうで「お花見」には注意が必要だ。
残念ながら明日は風が強いままの様で、間違っても公園でカセットコンロなどは使わないように。
せっかくの開花宣言も、暴風と低温で水を差されるかも知れない。
今日は不思議な1日で、決して愉快なことでもなかったけれど、家に無事帰ったら部屋の蛍光灯が突然切れた・・・。
やはり母や祖母が付いて来たのだろうか・・・。
元気ですか?
今日は良い1日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
遂に桜が開花宣言を迎えました。
今日七北田公園前を通ったら、いくつかが綻んでいるのが見えました。
君も良く見ていた桜が、今年も咲き始めたようです。
今日は暖かいと言うより暑いくらいで、君も職場では半袖姿だったかもしれません。
ですが今日だけの様ですので、薄着は今しばらく我慢した方が良さそうです。
風も強い様なので、外出には充分気をつけて下さい。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
咲く花は 過ぐる時あれど わが恋ふる 心の中は 止む時もなし(万葉集巻十一 2785 物に寄せて思を陳ぶ)
☆今日のバス
96号車 08年式いすゞエルガ(LV234L2) 泉営業所
6767号車 97年式三菱ふそうニューエアロスター(MP717M) 仙台市交通局実沢営業所







.jpg)













"飛行機ネタ 機材も一衣帯水、中国国際航空(4月5日 晴れ 21℃)" へのコメントを書く