飛行機ネタ 最も遠い国のアルゼンチン航空(1月1日 晴れ時々曇り 6℃)

明けましておめでとうございます。

仙台は初日の出も見られ、寒さは相変わらず厳しいものの、穏やかな2019年を迎える事が出来た。

私も恐らくは4年振りに元旦を家で過ごし、気持ちよい新年気分を感じさせて頂いた。

なんて、初日の出を見た後は午後まで寝てたけど。

それでも掃除と洗濯をして(要するに年末は何もやっていない・笑)、毎年ワンパターンだなあ…と思いつつ、ダラダラテレビを見て。

初詣は信仰上の理由で…別に良いのだけど、要はこだわらない主義なので行かなかった。

神道における「新年」は、小正月の14日までで、その間に行けば「初詣」(これは宮司さんに教えて頂いたので確かです)。

心配された雪や風がなかったので、今日の初詣は抜群のコンディションだっただろう。

三が日中は穏やかな天気が続きそうだから、大混雑する今日よりも、明日以降が良いかも知れない。

また明日以降の「初売り」に行く予定のある人は、その行き帰りに行くのも良いだろう。

ニュースでも恒例の東京・明治神宮では、0時前から数万人が訪れ、三が日で実に350万人が参拝すると言う。

今年は休みの長い人が多いので、6日まで混雑しそうだと言う。

仙台では定番の塩竈神社や岩沼市の竹駒神社、市内では大崎八幡宮、東照宮などが人気の初詣スポット。

今日は天気に誘われて、さぞかし賑わった事だろう。

今年はなんと言っても天皇陛下の退位および譲位。

安倍首相は今朝、新元号を1カ月前の4月1日に発表すると表明した。

当日新元号に関して天皇陛下のご許可とご署名を頂いた後に、国民に発表される。

本来は新天皇即位と同時に発表される予定だったが、印刷物やコンピューター入力など現代生活の影響を考慮し、史上初の「事前決定」となる。

何しろ生前退位・譲位は約180年振りであり、 賛否両論あれど基本的には全てが「初めて」の事ばかり。

そして私達は、1800年続く「日本」の歴史に残るであろうその瞬間に立ち会える。

私は全ての日本人が、改めて「日本人であること」を認識する年になる事を願う。


飛行機ネタ。

日本から最も遠い国は?

屁理屈の問題なのだけど、地球の表面上、つまり物理的な意味か、いざそこへ行こうとしての事なのか、によって解釈が違って来る。

後者の例を上げれば、交通機関が少なく、様々な手段で乗り換えを繰り返してようやく到着出来る、いわゆる「僻地」ならばいくらでもあるし、基本的に観光客が行けない「南極大陸」もあるし、現代に於いても何日もかかる場所はたくさんあるだろう。

ここでは前者、即ち物理的に日本から最も遠い国、と定義する。

日本は南北北緯23度くらいから45度くらい、東経110度から145度くらいの範囲にある。

つまり球体の地球に於いて「対照」となるべき位置、「真裏」に当たる場所が最も遠い国と言う事になる。

あくまで広義だけれど、そこは南米大陸。

アルゼンチン辺りが該当する。

正式国名は「アルゼンチン共和国」で、首都はブエノスアイレス。

南米大陸南東部に位置し、国土面積は日本の約7倍。

世界第8位の面積で、南米ではブラジルに次ぐ大きな国だ。

人口は約4400万人で、日本の1/3程度。

南北に広い国で、ブラジルと国境を接する北部は熱帯性気候、大陸南端となる南部は寒冷な極地性気候を有する。

西部はアンデス山脈が走り、南米最高峰のアコンカグア山はアルゼンチン領内にあるが、そこから広がる「パンパ」と呼ばれる高原地帯は、気候が穏やかで肥沃な土地。

アルゼンチンは南米トップの農業国で、その広大な国土を生かした大規模農業や酪農が盛ん。

牛肉の生産が世界トップクラスで、国内の牛肉単価は世界一安いと言われる。

日本では自由化されても、未だ牛肉は「高級食材」だが、アルゼンチンでは日常的な最も安い食材の一つ。

むしろ野菜の方が遥かに高く、「毎日山のようなサラダを食べられる身分になりたい」とは、アルゼンチン人の口癖だと言う。

アルゼンチンは他の中南米諸国と同じく、中世から近世にかけてスペインの植民地であった事から、公用語はスペイン語。

中部以南は、比較的ヨーロッパと気候が似ていた事から、他の中南米諸国と比べてヨーロッパからの移民が多かったのも特徴だ。

南米は先住民の「インディヘナ」や、奴隷として連れて来られた黒人の子孫、それらの混血の「メスティソ」が非常に多いが、アルゼンチンは人口の9割以上が、ヨーロッパ系白人を占めると言われている。

最も最近の調査では、国民の4割は先住民の血も引いている事がわかり、ヨーロッパ系白人は多いものの、国民の半数近くが実は「メスティソ」だったとも言われ始めている。

スペイン系の白人が最も多いが、独立した19世紀以降はイタリアやドイツから多数の移民があり、日本人ならよく知るサッカー選手・メッシも、名前からわかる通りイタリア系移民3世だ。

南部にはドイツ系移民の多い州があり、スペイン語の他、ドイツ語も日常的に使われている。

第二次大戦後、戦犯を逃れようとしたナチス・ドイツの高官が何人もアルゼンチンに逃亡したのは、ドイツ系移民のコミュニティーがあったからだ。

特にユダヤ人虐殺の責任者の一人、ルドルフ・アイヒマンが終戦直前ドイツを脱出し、海軍の潜水艦「Uボート」に密かに乗り込んでアルゼンチンに逃亡。

名前を変え、戦前からいたドイツ系アルゼンチン人として、戦後30年以上知らぬ顔をして暮らしていた。

しかし逃亡戦犯を探していたイスラエルの情報局「モサド」は、20年以上をかけてアイヒマンを追跡し、ついにアルゼンチン人として潜伏している事を発見。

ビジネスマンや旅行者に化けてアルゼンチン入りしたモサドの工作員が、アイヒマンを拉致してイスラエルに連れて行き、裁判後処刑したのは有名な話だ。

アルゼンチン政府は表向き知らないふりをしたが、複数のナチス戦犯を匿っていた。

イタリア系移民達はアンデス山脈近くに入植した人が多く、祖国イタリアからブドウの種苗を持ち込んで、ワインを生産した。

アルゼンチンは世界トップクラスのワイン生産国で、安価で良質なワインを生産する。

以前は安価と言う事で、テーブルワインのブレンド用に見られていたが、最近ではヨーロッパワインに肩を並べるほどの高い評価を得ており、ブランドワインも多い。

19世紀末に、ヨーロッパはブドウの伝染病「フィロキセラ」が流行して、壊滅状態になったが、南米には感染しなかったため、アルゼンチンやチリから種苗を「逆輸入」して復活させた事がある。

60年代までは、こうした豊かな産業のおかげで南米トップの経済力を誇り、唯一先進国並みの水準を誇っていたアルゼンチンだったが、他の中南米諸国同様、政治や官僚の汚職や腐敗が蔓延り、国民生活は次第に困窮。

クーデターなどの政変が頻発し、その度に経済は落ち込んだ。

独裁政権は経済の回復は出来ず、82年には国民の反感を逸らすためにイギリスと領有を争っていたマルビナス諸島(フォークランド諸島)に侵攻した。

結局本気となったイギリスと争って、数カ月で敗退。

莫大な戦費は、国家経済破綻寸前まで追い込むことになり、インフレが進んだ。

その後軍事独裁政権から民主化されたが、30年に渡って経済の復帰は出来ておらず、01年と14年にはデフォルト(対外債務不履行)に陥った。

そんな政治と経済の混乱の歴史の中で、倒産せずに頑張っているのが同国のフラッグキャリア「アルゼンチン航空」である。

同社は50年に国営エアラインとして設立された。

当時のアルゼンチンは軍事政権だったが、社会改革が功を奏して高い経済成長を続けていた時代。

広大な国土を持つ同国にとって、近代化は必須であったため、当初からジェット化を推し進めた。

南米では最も早く、世界初のジェット旅客機「コメット」を導入したエアラインの一つで、ヨーロッパとの繋がりも深いことから、大西洋横断路線も初期から開設されている。

また地理的位置の関係から、長距離機材も必須で、70年代にはボーイング747SPなどの長距離機を積極的に導入し続けて来たエアラインでもある。

同社は90年代までアルゼンチンの民間航空をほぼ独占して来たが、90年代末期に民営化された。

これは経済不振により、機材の更新がままならず、路線の運休や撤退が相次いだためで、民営化によって投資しやすくしたのである。

だが01年のデフォルトで倒産寸前に陥り、08年には保護を目的に再び国営化され現在に至っている。

機材はリースを主体とすることで、更新を進めている。

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     ↑アルゼンチン航空の主力機材A330-200(ウィキペディア英語版より)


現在56機を保有し、55都市に就航している。

同社の経営状態は決して良いとは言えないが、アルゼンチン政府は良い意味で頑なまでに保護している。

2010年代までは中古のA340をかき集めて路線を維持していたが、再国営化後は新造機のA330に切り替えて機材の更新が終了している。

12年には国際航空連盟「スカイチーム」に加盟を果たし、統廃合の激しい南米エアラインの中では安定した経営を行っている。

南米では、チリに本社を持つ「LATAM」グループと、コロンビアに本社を置く「アビアンカ」グループが各国に現地法人を置き、中米を含んで一種のブランド化が進む中、アルゼンチン航空は唯一設立当初からの姿を残したエアラインになっている。

10年代には、国内線専門の民間エアライン「オウストラル航空」に出資して子会社化した。

先に書いたように、同社の路線は国内線も国際線も、比較的長距離が多く、小型機でも航続距離の長い機材が好まれて導入されてきた。

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     ↑(3枚)アルゼンチン航空歴代長距離機のB707、B747SP、B747-200(ウィキペディア英語版より)

機材は長距離機にA330、近距離機にB737を中心に構成され、国際線機材はプレミアムエコノミーを含む3クラス制。

残念ながら機材によって、装備にばらつきがあるのが難点だが、最新のA330は全座席にモニター付きとなっている。

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     ↑A330-200のエコノミークラス。左側の女性はクリスティーナ・フェルナンデス前大統領(ウィキペディア英語版より)


搭乗体験レポートなどを見ると、南米のエアラインとしては可も不可もなく・・と言った意見が多いようだが、サービスの徹底が浸透していないようで、特に国内線では細かな部分で不満も見られる。

国際線に関してはフラッグキャリアとして、国際標準レベルを保っているようだ。

意外と行っては失礼だが、同社は設立以来大きな事故は少なく、南米のエアラインでは安全性と言う点では評価が高い。

それが認められたからこそ「スカイチーム」の加盟が許されたと言えるが、旧宗主国のスペインとアメリカは特に深い関係を保っていることから、サービスのレベルは高い。

アルゼンチンはブラジル、チリと並んで航空大国であり、数は少ないが国産機開発の実績も持っている。

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          ↑旧塗装のMD-88(ウィキペディア英語版より)

機材更新がままならなかった2000年代前後には、路線を維持するために比較的新しい小型機材を長距離便に充てた時代がある。

上はMD-88だが、撮影されたのは2000年代初期のロンドン・ヒースロー空港。

何と2クラス150席の同機は、大西洋を横断していた。

さすがに直行は出来ず、途中カナリア諸島で給油していたようだが、今世紀初頭でこのような路線があったのは驚きである。

アルゼンチンもDC9/MD-80シリーズの好きな国で、最近まで国内線用に保有していたが、国有化前後から737に変更している。

現在もワイドボディ機は主にヨーロッパと北米線専用で、中南米諸国へはB737-700/800が中心。

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     ↑(2枚)現行塗装のB737-800と旧塗装の700(ウィキペディア英語版より)


日本ではほとんど知られていないが、70年代には国内線用として日本初の国産機「YS-11」も数機運用し、80年代まで運航していた。

最も日本から直接購入したのではなく、ブラジルのクルゼイロ航空機などから中古で購入したようだが、日本人で知る人は少ないだろう。

同社は実に様々な機材を運用しており、それが安全性への実績となっているようだ。

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         ↑アルゼンチン航空のYS-11(ウィキペディア英語版より)

現在も数は多くないが、新造機の発注は続けられており、A330とB737-800が充実されることになっている。

面白い事に、小型機に関してはA320シリーズがないこと。

フラッグキャリアとしては珍しいエアラインだが、全体の機数が少ないので今はこれで充分なのだろう。

なお子会社化したアウストラル航空も、近年まではMD-80シリーズが主力だったが、2010年代以降はエンブラエルEシリーズに切り替えられ、塗装も鮮やかなスカイブルーを基調としたアルゼンチン航空に準じた物に変更された。

赤いラインが入っているのと、ロゴマークがオリジナルになっているが、グループエアラインであることを強調させている。

アルゼンチン航空とは全便がコードシェア運航となっており、乗り継ぎ便では同社の機材になることがある。

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        ↑アウストラル航空のE190(ウィキペディア英語版より)

アルゼンチンには珍しく、流行のLCCが存在しない。

これは国土が広い割に、国内の空港数が少ないことやアルゼンチン航空が国営であるため、運賃が安く設定されているためだ。

LCC自体は就航しているが、隣国ブラジルの「GOL」など、海外エアラインが主流。

南米全体に言えることだが、運賃がどの国も安いため、LCCはあまり根付いていないのが特徴である。

半世紀以上国を代表するエアラインとして君臨して来たアルゼンチン航空だが、チリのエアライングループ「LATAM」が12年にアルゼンチンに進出。

「LATAMアルヘンティナ」(設立当初はLANアルヘンティナ)がA320シリーズで就航。

国内線と近隣諸国路線を運航しており、アルゼンチン航空のライバルとなりつつある。

LATAMはブラジルやボリビアにも現地法人を設立しており、巨大なネットワークを構築している。

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        ↑LATAMアルヘンティナのA320(ウィキペディア英語版より)
どちらかと言えば「孤立」的な立場にあったアルゼンチンのエアライン事情だが、グローバル化の波は国外から進出しており、アルゼンチン航空は正念場の時代を迎えつつあるようだ。




2019年の元旦は静かに過ぎる。

街は早々と静まっており、私も20時頃に帰宅した。

こんなに早く帰宅するのは久しぶりだし、何よりも元旦をのんびり過ごすこと自体久しぶりで、何のアクションもないけれど良い元旦になったように思う。

最も寝てばかりだったけど「寝正月」も悪くない。

今夜も風もなく穏やかだが、代わりにグッと冷え込んでいて、家の中も寒い。

明日はまた仕事だけど、明後日は休み。

明日市内では「初売り」が多く、今夜は早く寝て早朝出かけようと言う人も多いのでは?





元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

寒さは大丈夫ですか?

改めておめでとうございます。

2019年が君にとって、幸せな1年になりますように心からお祈りしています。

特別な1年でなくても良い、君が健やかに過ごすことが1番です。

健やかとは「魂」が生きると言うこと。

あれこれ悩むより、今を幸せに過ごして下さい。

今の自分は、未来の自分に繋がっています。

予定を立てても、上手くいかなければそれが不幸と感じてしまいますが、考えずにその時を生きれば「魂」は自然とあるべき場所に向かうものです。

焦らずに、今日と明日を過ごすことです。

君はそれが出来る人です。

お正月、楽しい予定はありますか?

それともお仕事でしょうか。

寒いので体調管理には気をつけて、良い正月を過ごして下さい。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。



霜雪も いまだ過ぎねば 思はぬに 春日の里に 梅の花見つ(万葉集巻八 1434 大伴宿禰三林)


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