飛行機ネタ 一大陸、一国、一エアライン、カンタス航空(1月7日 晴れ時々曇り 4℃)

※2日分の日記を掲載します。


◎1月5日 晴れ時々曇り 2℃

新年明けて、もう5日目。

昨日から仕事始めだった人は、もう正月気分は吹き飛んでしまっただろうか。

昨日の仙台は終日雪で、1年初めの仕事に朝からゲンナリ立ったかもしれない。

今日は一転青空が広がったが、風が冷たく気温は上がらなかった。

最低気温も-3℃まで下がり、市内の道路は凍結した所が多く事故も多発したと言う。

日中に雪は融けた場所が多いものの、乾くまでいかなかった部分は今夜もまた凍りそうだ。

私は今日が実質的な行動開始で、年末年始は殆ど家から出なかった。

諸事情があって、無理に出かける気分でもなかったし、何よりも寒くて・・・。

考えたら「日差し」に直接当たったのは、今日が「今年初」だったりして。

天気が良いから駅まで歩いたが、風がとにかく冷たい上に、歩道も日陰は凍ってテカテカ。

クリスマスからは雪が多く、この冬は結構寒さが厳しいと実感する。

私の取って「あけましておめでとう」の街は、いつもの風景。

でも今週末は早速「成人の日」で3連休があり、年末年始に仕事だった人は「これから」ゆっくり休み、と言う人も多い事だろう。

なので街にいつも通りの人出が戻るのは来週以降ではないか。

この正月は昨年と違い、コロナ禍の行動自粛がなかったおかげで帰省や旅行に出かけた人が多かったようだ。

海外旅行はまだ出来ないが、ガラ空きだった昨年と違い、交通機関は混雑したと言う。

一方で暫くナリを潜めていたコロナ拡大が、再び始まりつつある。

最もクリスマスから正月にかけて、人の大きな流れや混雑が出ることで、再拡大はある程度予想できたことだ。

新種株「オミクロン株」も、まだ完全な置換に至っていないようだが、時間の問題だろうか。

ワクチン接種は8割の国民が終えたことで、この年末年始に出かける人が増えたと言う事だろう。

やはり人口が多い関東・近畿圏の他、米軍施設で大規模クラスターが起きた沖縄県がどんどん増えている感じだ。

海外でも欧米を中心に大規模拡大が続いており、毎日万単位で感染者が増えている。

ただこれまでと違って、重症者や死亡者数の比率は低いと言われており、「オミクロン株」も毒性は弱い可能性があると言う。

でも秋からは全国的に感染者数が減っていた事を考えると、どう見てもクリスマス以降に人の流れが増えたのが原因と見るしかなさそう。

本来なら落ち着いている今こそ、グッと堪えるべきではなかったのか。

中には私と同じく、せいぜい近所の神社に初詣に行ったぐらいで、家でごろごろしていた・・・なんて言う人も結構いたようだ。

私は「実家」を離れて暮らした経験がないので、正月というものはそもそも家にいるものだと思って来た。

以前は年末に母や友人と旅行に行っていた事もあるが、3が日に出かけた事はなかった。

「ルーティン」みたいなものと言えるだろうか、どうも大晦日から1月3日までは家に居たいのである。

もちろん初詣や初売りに出かける、どこかで外食しに行く事は良くあったけれど、少なくとも宿泊を伴う事は殆どない。

家族がいなくなった今は、逆に遠慮なしに旅行にも行けるだろうが、やはり家に居てしまう。

歳のせいもあるかも知れないが、休みと言うとそんなに出かけたいものなのかなあ・・とも思うのである。

コロナ禍で「お家時間」と言う言葉が慣れ親しむようになったが、半面それがストレスと感じる人がいることに驚く。

人それぞれ事情があるから一概には言えないけれど、コロナは終息していない訳で、ここまで来たらウイルスを「叩きのめす」まで我慢出来ないものかと思うのだ。

事実急激に拡大し始めた地域では、再び「まん防」措置を行う動きも出ている。

この冬は全国的に寒さが続きそうとも聞くし、今一度「お家時間」を工夫しても良いのではないだろうか。


◎1月7日

2022年が始まって、早くも一週間。

相変わらず冬らしい寒さが続く。

昨日は関東地方で「大雪」となり、東京は10センチの積雪を記録。

テレビは終日都内の状況を伝えていた。雪は昨日のうちに止んだものの、今朝は氷点下まで冷え込んだ。

道路の積雪は少なかったが、代わりに濡れた路面があちこちで凍結し、車のスリップ事故、歩行者の転倒事故が相次いだという。

雪に備えていない首都圏は、ちょっとした雪や寒さでも障害が出る事は知っているが、毎度のことながら「全国ネット」で報道する程の事なのかと思う。

大きな被害が出たのならともかく、この程度はローカル番組で充分ではないか。

所詮この国は全て「東京」目線なのだな、とつくづく感じる。

SNSでも寒い地域の人から、ある意味からかい半分のコメントが集中し、それに反論する都民の書き込みで溢れると言う「不毛の戦い」があったとか・・・。

心配するコメントならわかるが、そうでないのは「ヒマ人」が多いと言う事なのだろうか。

そして再拡大中のコロナに対して、今日沖縄・山口・広島各県が9日から「まん防措置」に入る閣議決定が出された。

今のところ首都圏や近畿圏では未定らしいが、全国に拡大する可能性も高く、また時短や酒類提供の自粛要請になると思うとウンザリする。

いい加減慣れてしまった感があるけれど、感染が収まって元に戻し、拡大したら規制・・永遠の繰り返しになるだけだろう。


正月が明けてまだ数日なのに、明日からは3連休。

年末年始に仕事だった人は、この連休を利用してようやく休めるなんて人もいるに違いない。

昨年は「日並び」が悪い年で、加えてオリンピック絡みで連休が少なかった。

ところが今年は真逆で、連休が極めて多い年だとか。

帰宅時間の街はさぞかし混んでいるだろうと思ったら、意外にもごく普段通り。

飲食店などはむしろお客さんが少ないようにも見えた。

寒さもあるだろうが、コロナの再拡大を、どこか意識しているのだろうか。

それとも正月休みに疲れて、この連休は何もしないと言う事かも知れない。

夜は雪が舞っていた。

風はなく、やや大きめの雪がフワフワ落ちて来る感じで、綺麗だなと思う。

同時に冷たい空気で鼻がムズムズして、思いっきりくしゃみが出た。



元気ですか?

今日は良い一日でしたか?

体調はどうですか?

風邪など引いてませんか?

新年が明けて、もう一週間が経ちますが、楽しめましたか?

せっかくのお正月も、コロナ禍が再拡大の様相を見せており心配です。

君は普段通りの生活に戻ったかも知れませんが、今後も体調管理・予防対策は怠らないよう気をつけて下さい。

コロナだけでなく、厳しい寒さも当分続きそうですので、その対策も充分にして下さい。

外では日陰はまだ凍ったと事が多く、外出の際には慎重に歩いて下さい。

明日もどうかお元気で。

君に笑顔がありますように。

お休みなさい。


雪寒み 咲きには咲かず 梅の花 よしこのころは さてもあるがね(万葉集巻十 2329 冬雑歌)




飛行機ネタ。

今しばらく海外旅行は出来ないけれど、オーストラリアは以前から日本人には人気の旅行先と言われる。

近年では語学留学先としても、若い人に人気だと聞く。

逆にオーストラリア人にとっても、日本は人気の旅行先だそうで、欧米諸国ではアメリカ人に次いでオーストラリア人が多いと言う。

ご存じの通り、オーストラリアは南半球、日本の真南に位置する。

国土面積は約790万平方キロ、日本の約20倍もある広大な国で、「オーストラリア大陸」を占めている。

同大陸は世界で最も小さい大陸であるが、同時に大陸で国一つと言うのもオーストラリアだけだ。

故に多彩な風土を持つ事でも知られ、北は赤道に近い熱帯気候、一方最南端部となるタスマニア島辺りは冷涼な気候を持つ。

また国土の多くが砂漠であり、居住に適さない厳しい環境を持つ。

面積は日本の20倍もあるのに、人口はほぼ半分の約5,500万人しかなく、大半が東南部の温暖な気候帯に集中している。

小さいとは言え、大陸であるがゆえに南北は3,000キロ以上、東西も4,000キロ以上とアメリカに近い広大さを持つ。

広大な国土は気候こそ厳しいが、豊かな資源にも恵まれており、鉱物資源では世界トップシェアを誇る。

また大規模農業が容易なことで、穀物生産や畜産業が盛んである。

国名は「オーストラリア」だが、「オーストラリア連邦」とも言う事もあり、自治権の強い州制を取る連邦国家である。

正式には「英連邦オーストラリア」で、国家元首はイギリス女王エリザベス二世となっている。

もちろん完全な独立した主権国家ではあるが、英連邦の構成国として建国以来元首はイギリス国王が務めている。

加えて女王の代理として「オーストラリア総督」がいるが、政治自体は一般的な議会民主制である。

いまいちわかりにくいが、包括的には日本と同じく「立憲君主制」国家である。

最大の都市はシドニーで、都市圏人口は約500万人。次いでメルボルンがやや少ない程度で続く。

「オーストラリアの首都は?」と言うクイズをよく聞くが、事実シドニーだと思っている人が多い。

1-1-1-37 Sydney_skyline.jpg ↑オーストラリア最大の都市、シドニーの夜景(ウィキペディア英語版より)

同国の歴史を書く余裕はないが、元々は「流刑地」として開拓され、その後イギリスの植民地となった。

正式に独立したのは1901年のことで、当時から大都市であったシドニーとメルボルン、どちらを首都にするか揉める事になってしまった。

論議しても結論が出なかったので、妥協案として両都市の中間に人工的に建設されたのが首都キャンベラであった(実際にはシドニーの方が近い)。

両都市は現在も人口が拮抗するが、首都キャンベラは約1/10程度の50万人とコンパクトな首都だ。

そして同国を代表するエアラインが、日本でもなじみ深い「カンタス航空」である。

1-1-1-37 B787-9 Qantas,_VH-ZNI.jpg ↑カンタス航空の最新鋭機材B787-9(ウィキペディア英語版より)

同社の設立は1920年まで遡り、オランダのKLM、コロンビアのアビアンカに続いて世界で最も古くからあるエアラインだ。

最も当初は郵便や物資を輸送するために設立されており、本格的な旅客輸送を開始したのは1935年からである。

この間も小型機で国内輸送は行っていたが、エアラインとして動き出したのはこの時からだ。

イギリスから4発大型飛行艇「ショート・エンパイア」を導入し、シドニー~ロンドン間を実に9日かけて飛行した。

もちろん飛びっぱなしではなく、何か所も経由し給油するとともに、乗客はそこで宿泊しながらである。

それでも地球の反対側同士であり、通常の船ならば1カ月近く要したと言うから、かなり高速の旅が可能になったと言える。

1-1-1-37 QANTAS SHORT EMPIRE-VH-ABB.jpg ↑30年代に運航したショート・エンパイア飛行艇(ウィキペディア英語版より)

第二次大戦が始まると、同社は政府の管理下に置かれ軍に徴用されたが、日本との戦端が開かれたあとも運航を続けたと言う。

しかし必須の経由地である東南アジアは日本軍に占領されており、無線封鎖をしつつ2週間以上もかかって隠密運航をした。

だが日本軍の戦闘機に発見されて、撃墜された機体もあった。

戦後純粋な民間エアラインとして再開したのは47年からで、最新鋭機だったダグラスDC-4やDC-6、ロッキード・コンステレーションなどを導入して国際線運航も再開した。

意外にも日本へはDC-4を使って48年に就航しており、当初は山口県岩国の連合軍基地へ運航した。

当然目的は軍関係の輸送だったが、その後東京・羽田へ移行した。

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1-1-1-37 QANTAS-Lockheed_L1049_VH-EAK.jpg ↑カンタス航空のDC-4とL1049コンステレーション(ウィキペディア英語版より)

以後60年以上日本線を運航しているが、80年代には日本航空と業務提携関係を結んでコードシェア便の運航を開始している。

同社には他社とは違う、特殊な宿命を背負っている。

それはオーストラリアが持つ、地理的な特徴から長距離路線が必然だと言う事だ。

今こそあまり意識されなくなってはいるが、人が居住する大陸では唯一孤立した地勢を持つ。

島国の日本と同じく、陸上で他国との国境線はない。

更に他の大陸と最も離れた位置にあり、航空交通は生命線の一つでもある。

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1-1-1-37 Qantas_B707-300.jpg ↑(2枚)カンタス航空初で、オーストラリア初でもあった本格的長距離用ジェット機、B707。初期の100型から運用を開始し、画像の300Cまでのべ50機以上を運用した。上の300Cは、主翼の付け根に軍用機の様な「増槽」を取り付けていることに注意。当時最長の航続距離を持つB707にしても、オーストラリアからヨーロッパへの道のりは遠かった(ウィキペディア英語版より)

東京とシドニー間の距離は約7.800キロで、これは太平洋を超えたアメリカ・サンフランシスコよりやや近いぐらいの距離だ。

日本と最も近い北部の都市ダーウィンまででも6,000キロ近く離れており、国際線を運用するには長距離機材が必須である。

加えて国内線も、東端に位置するシドニーと西端のパースだと約4,000キロも離れているし、比較的近いメルボルンやブリスベンとでも1,000キロもある。

人口はシドニーやメルボルンを含む東南部に集中しており、パースなどシドニーやキャンベラへ行くよりも隣国であるインドネシアの首都ジャカルタの方が近いぐらいだ。

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1-1-1-37 Perth.jpg ↑(3枚)第二の都市メルボルン、グレート・バリアリーフの玄関口であるブリスベン、西端の都市パース(ウィキペディア英語版より)

国内が広いのは他国でもあるが、海外との間だとオーストラリアの特殊性が見いだせる。

最も深い関係を持つイギリス・ロンドンとは実に約17,000キロも離れており、アメリカのロサンゼルスで約12,000キロ、ニューヨークまでだと約16,000キロもあって、とても直行できる距離にない。

国内線も東部の諸都市間はともかく、先のパースだと5時間近くもかかってしまう。

つまりエアラインは必須な状況ながら、同時に運航コストも燃料費などの点で割高になるのが避けられないのである。

1-1-1-37 Qantas_B747-200;_VH-ECC.jpg ↑B747の登場は、カンタス航空にとって世界と直結出来る画期的な機材だった。画像はB727-200Bで、300や400が導入された後も貴重な長距離機材として暫く運用が続けられた(ウィキペディア英語版より)

こうした宿命的状況から、エアラインは政府から厚遇されて来たが、同時に管理下にも置かれていた。

カンタス航空は民間企業であるが、国策企業でもあるため特に保護要素が強く、80年代までは国内エアラインに対して規制が敷かれていた。

同社はフラッグキャリアとして国際線と国内幹線を担当し、他のエアラインは国内線や近距離国際線運航に限られていた。

この辺は同時期の日本とよく似た事情を持っていたと言えるが、その後規制は緩和されたもののカンタスを超えるエアラインが成長する事はなかった。

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1-1-1-37 QANTAS B747-338,_Japan_Airlines.jpg 

1-1-1-37 QANTAS B747-300 VH-EBU_Nalanji_Dreaming.jpg ↑(3枚)80年代の主力となったB747-300は、日本航空と共同運航便にも投入された。下は一見日本航空の300型に見えるが、エンジンがロールス・ロイスRB211なのでカンタス航空機である。共同運航便で相手のフルカラー塗装に変更されるのは極めて珍しく、当時は大きな話題になった。運航期間は短かったが、運航乗務員はカンタス、客室乗務員は両社の者が乗務していた。下は先住民族アボリジニの伝統芸術をモチーフにした「ナランジ・ドリーミング」で、日本にもよく飛来した(ウィキペディア英語版より)

80~90年代までは国内エアラインとして「トランス・オーストラリア航空」や「アンセット・オーストラリア航空」などジェット旅客機を運航するエアラインが存在したが、前者はカンタスに吸収された。

アンセット・オーストラリア航空は、90年代に日本線も開設し上質なサービスをウリに人気があったが、機材維持費が高くつきそれが原因で倒産してしまった。

1-1-1-37 ANSETT -VH-ANA_B747-412_Ansett(Syd_2000_logo).jpg ↑カンタス航空に次ぐ規模を持っていたアンセット・オーストラリア航空のB747-400。規制緩和で長距離国際線に進出し、日本線も開設したが、経営破綻してしまった(ウィキペディア英語版より)

そのほかにも幾つかエアラインが現れ消えて行って、結果的にカンタス航空が残ったとも言える。

90年代末、イギリスのヴァージングループがオーストラリア初のLCCとして「ヴァージン・ブルー」を設立。

国内線と近距離国際線を格安で運航し、話題を呼んだ。同社は後に「ヴァージン・オーストラリア」に名称を変更。

1-1-1-37 VIRGIN AUSTRALIA B737-700-VH-VBY.jpg ↑日本線の開設直前に経営破綻したヴァージン・オーストラリア。現在経営再建中で、今後B737-800を中心とした構成で復帰を図る(ウィキペディア英語版より)

2020年には日本初就航も予定していたが、コロナ禍の影響で経営に行き詰まり破綻。

現在法的措置による再建中だが、当分は国内線だけの運航に縮小されることになった。

実は以前から同社の経営は厳しい状況にあり、コロナ禍だけが原因ではない。

それは同社に対抗してカンタスが03年、子会社として設立した「ジェットスター」の存在である。

今こそアジア圏各地に現地法人を設立し、日本でも日本航空も出資した「ジェットスター・ジャパン」でお馴染みだ。

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1-1-1-37 Jetstar_Airways,_B787-8_VH-VKD.jpg ↑(2枚)ジェットスターのA330-200とB787-8。同機は親会社となるカンタス航空に返却され、現在長距離機材はB787だ(ウィキペディア英語版より)

結果として21世紀のオーストラリアは、ほぼカンタスグループが独占しているような状態が続いている。

カンタス航空は昨年100周年を迎えたが、「死亡事故を起こした事がないエアライン」としても有名だ。

それはどこへ行くにも長距離・長時間飛行を強いられる事、飛行機のメーカーであるボーイングやエアバスが同国から最も遠い位置にあることから、安全性が最重視されて来たからだ。

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1-1-1-37 QANTAS B747SP Australia_Asia_Airlines.jpg ↑(2枚)北米線直行の為導入されたB747SP。B747-300/400が導入後は高需要中距離路線で活躍し、日本線にも投入された。下は台湾線を運航するために設立した「オーストラリア・アジア航空」に移籍した同機(ウィキペディア英語版より)

エアラインとしては当然の事でもあるが、ちょっとしたトラブルが重大事故に繋がりやすい環境にあるとも言えるのだ。

死亡事故「0」の記録は現在も維持しているものの、実は00年代以降トラブルが増加している。

その多くはすぐに対処してけが人も出さずに済んでいるが、急に増加したように見える。

憶測の域を出ないが、国内市場をほぼ寡占したことも理由の一つにあるのではないかと思われる。

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1-1-1-37 QANTAS B737-400-VH-TJF.jpg ↑(3枚)90年代から国内線や近距離国際線で活躍したB737/400。300型はニュージーランドで営業権を取った為、機体の登録もニュージーランドになっていた(ウィキペディア英語版より)

それでも「安全なエアラインランキング」ではトップクラスの常連であり、サービスと言う点でも常に評価が高いエアラインであることに代わりはない。

現在同社は126機を保有し、国内外85都市に就航している(コロナ禍による臨時運休を含む)。

世界的な大手の割に保有機、就航都市数が少ないように思えるが、これは近中距離路線の多くが「ジェット・スター」による運航が増えたためである。

カンタスはイギリスとの関係が深い事から、「カンガルールート」と呼ぶロンドン線が重視されて来た。

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1-1-1-37 QANTAS B747-400-VH-OJU_Lord_Howe_Island_OneWorld.jpg ↑(3枚)90年代から主力機となったB747-400。同社のB747-400は全てロールス・ロイスRB211エンジン(ウィキペディア英語版より)

これはオーストラリアから東南アジア、中東などを経由してイギリスへ向かうルート。

因みにシドニーとロンドン間の距離は、約17,000キロで、これは世界主要都市間距離としては最長クラスだ。

上記にあるようにかつては途中何か所も給油や整備、乗務員の交替が必要ないわば困難なルートであった。

ジェット時代に突入すると時間は劇的に短縮されたが、それでも途中給油を強いられた。

だが飛行機の性能が向上し、70年代B747が登場すると途中の経由地は1か所で済むようになった。

故にカンタスはB747のヘビーユーザーで、400型までは全てのバリエーションを運用した経験を持つ珍しいエアラインだ。

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1-1-1-37 Qantas_B747-438ER;_VH-OEJ.jpg ↑(3枚)カンタス専用モデルとも言えるB747-400ER。外観上400と識別しにくいが、カンタスの400はRB211エンジンを装備しているのに対し、400ERはCF-6を装備している(ウィキペディア英語版より)

唯一導入しなかったのは最終型の「8」で、その代わりにA380を導入している。

同社は長らくボーイング機一辺倒のユーザーで、ダグラス及びMD機は初期のレシプロ機以外運用していない。

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1-1-1-37 Qantas_A300B4-203.jpg ↑(2枚)国内線専門のエアラインだったトランス・オーストラリアン航空のA300-B4は、オーストラリア初のエアバス機だった。同社を吸収したカンタス航空は同機を継続して運用したが、A330までエアバス機を自社導入したことはなかった(ウィキペディア英語版より)

またB747では、00年代に「400ER」を6機導入したが、これは同社のみが導入したレアモデルである。

「カンガルールート」では、さすがのB747でも直行は出来ず、タイ・バンコクや香港を経由地としていた。

経由地での滞在時間を含めると24時間以上かかる路線で、乗客のストレスを考慮するとB747の様なワイドボディ機は必然であった。

事実この路線ではまる一昼夜要する為に、多くの乗客はキャビンで「家着」に着替えてしまう人が多かったと言う。

同時に需要が低迷しても長距離用大型機で運航せざるを得ず、採算性と言う点では常に苦戦を強いられる宿命を持っている。

しかし世界的な環境問題や機体の効率性が重視されるようになると、B747は老朽化も始まって代替え機が必要に迫られてしまう。

そこへコロナ禍が襲い、40年以上同社を支え続けて来たB747は全機が退役に追い込まれた。

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1-1-1-37 QANTAS B767-338-ER,_BUIJIBESS.jpg ↑(4枚)日本線でも運用されたB767-200ER/300ERとビジネスクラスのキャビン。300ERはアジア線の主力機で、新造機の他退役したブリティッシュ・エアウェイズから中古機で補充している。同社から購入した機体はエンジンがRB211なので容易に識別できる(ウィキペディア英語版より)

16年初めてB787-9を導入した同社は、西海岸の都市パースからロンドンへの路線に就航させた。

両都市間の距離は約14,500キロで、B787は実に17時間と言う長時間でノンストップ運航を開始した。

これはオーストラリアにとって、史上初のイギリスへの直行便であった。

残念ながらシドニーやメルボルンからの直行は無理で、パースで乗り換えが必要だが歴史的な出来事である。

従来の「カンガルールート」も継続されているが、近年では中国の問題も出たことからUAEドバイ経由にシフトされつつある。

1-1-1-37 B787-9 Qantas_(VH-ZNJ).jpg ↑100周年記念塗装を施したB787-9(ウィキペディア英語版より)

ただワイドボディ機とは言え、B747よりも遥かに小さいB787なので居住性と言う点では一歩劣ると見られているようである。

同社はB787の性能を踏まえ、北米線も唯一直行できる米西海岸線以外、ニューヨーク線などの直行便も計画しており、社員を乗客に見立てた試験運用も実施している。

だがコロナ禍で予定よりも早くB747が退役してしまったため、長距離機材の不足が懸念されている。

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1-1-1-37 Qantas_A330-300(VH-QPH).jpg ↑(4枚)B767の後継機として導入されたA330。200・300両タイプを保有するが、200型の方が多い(ウィキペディア英語版より)

現時点で国際線の多くが運休や減便になっているが、徐々に再開している路線もある。

12機保有していたA380は、2機を退役させ当面10機体制を維持する計画だったが、コロナ禍で全機がグラウンド(地上待機)になった。

同機はアメリカに保管されていたが、昨年末5機を本国に戻し現役復帰することが発表された。

A380は主に北米線の主力機として運用されていたが、今後ヨーロッパ線にも投入する予定がある。

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1-1-1-37 QANTAS A380-VH-OQC.jpg ↑(3枚)コロナ禍で全機が地上待機となったA380だが、12機のうち2機が退役。21年末には5機が営業飛行に復帰した。今後もカンタス航空最大で唯一の4発大型機として運用が続く予定(ウィキペディア英語版より)

また公式発表には至っていないが、B747の代替え機材としてA350-1000の導入が検討されていると言う。

A350は、シンガポール航空が燃料タンクを増加させた「900ULR」を運用しているが、カンタスも「1000ULR」として発注する見込みである。

やはりB787では座席数が少ないと言う事らしいが、どうしても超長距離機が必要な同社にとってコロナ禍は大きな障壁になっているようだ。

一方日本線を含む中距離国際線の主力はA330で、日本線も殆どが同機で運航されている。

A330は座席数の多い300型に人気があるが、同社は長距離バージョンの200型の方が多い。

A330はB767の後継機として採用されたが、かつては日本線も成田線以外はB767が主力機材だった。

国内線でも幹線を中心に運用される事が多いが、こちらのメインはB737-800だ。

現時点で75機も保有し、国内線の他オセアニアやポリネシア方面など近距離国際線でも運用される。

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1-1-1-37 Qantas_B737-800_Yananyi_Dreaming.jpg ↑(3枚)国内線の主力機B737-800。中はレトロ塗装機、下は「ヤナニィ・ドリーミング」塗装機(ウィキペディア英語版より)

ただし座席数の格差が大きく、B737の上がA330になってしまうため、近距離ながら需要の多いニュージーランド線などはA330で運航される事が多くなっている。

同社ではエアバス機へのシフトが加速しており、B737-800の後継機にはA321neoを選択した他、同社の国内コネクション便を担当する「カンタスリンク」もA220の導入が決定している。

「カンタスリンク」は、主に西部と北部、タスマニア方面を担当していて、数社が受託運航する。

最大規模を持つのが西部パースに本拠を置く「ネットワーク・アビエーション」で、主力機はB717とフォッカー100と言う、マニア垂涎のフリートを持つ。

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1-1-1-37 B717 QantasLink_(VH-NXR).jpg ↑(3枚)カンタスリンクとして運航するネットワーク・アビエーションのフォッカー100とB717。今や激レア機となった両機種だが、カンタスリンクではどちらも20機以上が現役にある。ただし数年以内にA220・320に交替が予定されている(ウィキペディア英語版より)

B717はカンタスが買収したインパルス航空が導入したもので、その後新設したジェットスターでも運用されていた。

現在世界ではアメリカのデルタ航空とスペインのLCCボロテアでしか運用されておらず、最大のユーザー・デルタ航空はA220への交替が開始されている。

カンタスリンクでは、老朽化しているフォッカー100からA220へ交替を開始する予定だが、数年以内にB717も退役になる見込みだ。

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1-1-1-37 QANTASLINK DHC-8-400-VH-QON.jpg ↑(4枚)カンタスリンクのDHC-8-200/300/400。カンタス便としてコネクション便を運航する他、ローカル線の運航も担当する(ウィキペディア英語版より)

同社の機材セレクトはなかなか興味深く、やはり長距離飛行がメインと言う事で4発機を多く運航して来た事である。

意外にもB777は1機も導入しておらず、カンタス以外でも「Vオーストラリア航空」だけだ(経営破綻により退役した)。

一時期B747の後継機としてB777Xを導入する構想はあったようだが、A380に落ち着いている。

かといってA340も導入したことはなく、同じワイドボディ機でもキャビンの広い機体が好みのようである。

1-1-1-37 A320-200 QantasLink_VH-JQL_NETWORKAVIATION.jpg ↑カンタスリンクのA320は、ジェットスターから移籍して来た機体。カンガルーマークのA320は、これまでありそうでなかったものでなかなか新鮮味がある。カンタス航空ではB737の後継機としてA321neoを発注しており、今後カンガルーマークのA320・321が増えて行く(ウィキペディア英語版より)

だが事実上多発機は消滅しつつあり、今後双発機の運航に切り替えるしか手段がない。

これからのカンタス航空が、どう変化して行くのか興味深い。

未曾有のコロナ禍によって、伝統あるカンタス航空は混迷の状況にあるが、同時に他社の競争力がより弱まり、今後カンタスの独占が進むと思われる。

1-1-1-37 QANTAS B767-300ER-VH-OGV_Australian_Airlines.jpg ↑00年代中距離線のLCC部門として設立されたオーストラリアン航空。日本でも関空線や新千歳線で運航されたが、ジェットスターにブランドを統一された(ウィキペディア英語版より)

このまま「一大陸、一国、一エアライン」の時代になっていくのだろうか。

半ば孤立したような不思議な大陸から、オーストラリアを象徴する稀少動物「カンガルー」を描いたカンタス航空は、コロナ後もカンガルーのように大洋を飛び越えてうくのだろうか。





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