飛行機ネタ 「様式の変化」に移るカンタス航空(5月27日 曇り時々晴れ 26℃)
もう少し青空が・・と思う。
日差しはあるのだけれど、雲の方が優勢で薄日と言う感じだ。
変わりやすい天気で、市内では早朝にわか雨が降った時間もあったし、午後には県内全域に雷注意報が出た。
湿った空気が入っているため、雲が多めの天気だった。気温は平年並みだが、湿度が少し高めだ。
街では半袖姿で歩く人も僅かに見られるが、まるごと半袖と言うほどではない。
見かけたのは女性だったから、恐らく羽織るものを持ってのことだろう。
向こう1週間、気温は21~25℃程度の予想が出ているから、日中に関しては薄着で充分だろうが、朝晩は12~15℃くらいだから1枚あった方が良さそうだ。
いつの間にか5月は最終週。
来週からは「衣替え」で、ついに「夏」が目に見えてくる時期。
コロナの影響で休校が続く学校も、臨時登校と言う形で少しずつ再開しているが、現時点では6月初旬から正式に再開する見込み。
自治体によっては既に再開しているが、制服の中高生特に新入生は、初めて着る制服は「夏服」からになりそうだ。
昨日緊急事態宣言は全て解除されたが、コロナは収束していない。
国民は「新しい生活様式」に変えようと頑張っているが、人の流れも当然増えつつあり、再び感染拡大の可能性は否定できない。
いつまでも「自粛」している訳にもいかず、コロナ前のように戻る訳にもいかず、当惑の日々が続くのだろうか。
いつかは「あの時は大変だったなあ」と言う歴史になるのだろうけど、今年は季節を噛みしめる余裕がない様に思う。
メディアは自粛を逆手に、「こんな時だからこそ」と家での過ごし方を宣伝するが、世間はうわの空だったのではないか。
家に籠ることが多くなり、外での季節感自体分かりにくくなってしまった。
コロナが落ち着いたかどうかわからないが、仙台では6月から学校だけでなく、時短営業中だったお店も通常営業に戻す予定のところも出て来た。
また利用者減少で休日ダイヤで運行しているバスや地下鉄も、通常に戻る予定だ。
日本人は警戒感が強いけれど、欧米では緩和されたとたん観光地や商業地に人が押し寄せ、マスクをするのも止める人が多いと言う。
関東や関西では、厳しい自粛が終わり、同じように街には人が増えた。
大丈夫だろうか・・と思うのは、私だけでないだろう。
北九州市では、約3週間感染者が出なかったのに、ここ数日急に数人ずつ発生し始めた。
緊急事態宣言解除を受けて、市内の公共施設が再開したばかりだったが、僅か1日で再び休業になったと言う。
人口が多い地域なので、隣接する福岡市などに飛び火する可能性もあるだろうし、まだまだ警戒感を緩めてはいけないと言う事だろう。
飛行機ネタ。
南米チリに本拠を置く「LATAM」航空が、アメリカ連邦裁判所に「連邦破産法11条(チャプター11)」を今日付けで申請、事実上破綻した。
本国チリの他、ペルー・エクアドル・コロンビア・アメリカの関連会社を含めた申請だが、アルゼンチンやブラジルのグループ会社はその範疇に入っていないと言う。
コロナによる長期運休で大きな赤字負債を抱え込んでおり、今後再生を目指す。
同社によれば、今後政府を含む多方面からの支援策を受け入れ、コロナ後速やかな運航再開に備えるとしており、倒産及び全面運航停止にはならないことを強調した。
「LATAM」はブラジルの大手「TAM」航空を統合してできた南米最大のエアライングループで、元々はチリのフラッグキャリア「LANチリ航空」である。
先日ライバルであるコロンビアの「アビアンカ航空」も、チャプター11を申請しており、中南米の大手2社が揃って破綻したことになる。
またヨーロッパ最大のエアライン、ドイツのルフトハンザも破産申請を視野に入れていたが、ドイツ政府が数千億円規模の融資・支援を決定したことで破綻は回避された。
今回の騒ぎは大手程打撃が大きく、日本航空や全日空も既に数百億円の赤字を出していると言われ、今後売り上げが伸びないと早ければ1年後には手持ちの資金が底を尽くと言う噂も流れている。
世界的流行であるため、今後需要が「コロナ前」のように戻ることは困難で、少なくとも数年以上かかるとも言われている。
だがエアラインは国の国策事業としている国が多く、単にお金の問題で経営が左右される訳にはいかない国も多い。
今のところ経営不振の噂は出ていなくとも、危うい状況にあるのはどこも同じだ。
気温が高くなったせいか。北半球のコロナは減衰傾向を見せているが、逆に南半球を中心に感染拡大が続いている。
WHOも「流行の中心は南米とアフリカに移った」と指摘したように、ブラジルではこの1カ月で感染者・死者とも世界3位にまで上昇した。
アフリカ諸国も、数はまだ少ないものの、各国への拡大は広がっている。
これから気温が下がり空気が乾燥する冬を迎える南半球は、流行のピークを迎えると言う見方もある。
その中で戦々恐々としているのがオーストラリアだ。
ご存じの通り、オーストラリアは世界で唯一「1大陸1国」で、面積は約769万平方キロ。大陸としては世界最小だが、それでも日本の19倍もある。
そこに人口は僅か約2.500万人で、そのほとんどが東部に集中している。
いわば国自体があまり「密」になっていないのだが、これまでにコロナの感染者数は約7,100人、死者数は102人と比較的低い水準が続いている。
感染者のうち9割の人は既に回復し、社会復帰しており、入院・治療中の患者は1,000人を切っている。
大都市が数か所しかないことや、東部と西部・北部は2~3,000キロも離れており、元々人の移動が少ない事が感染拡大を防いでいると思われるが、政府は冬を迎えるこれから「第二波」が来るのでは、と警戒を強めている。
国内では州を越えての移動が自粛されており、交通機関も間引き運航を継続している。
3月に日本初就航を予定していた、オーストラリア第二のエアライン「ヴァージン・オーストラリア」が直前に経営破綻・運休になり、現在大手のエアラインはフラッグキャリアである「カンタス航空」だけになっている。
同社のウェブによると、国内線は週辺り60便前後だけの運航で、国際線はニュージーランド線と海外滞在の帰国者のための臨時便以外、6月末まで全て運休を予定している。
ヴァージン・オーストラリアは売却を探しており、中国系のエアラインやシンガポール航空が興味を示していると言われており、もし復活すれば再びカンタス航空のライバルとなるが、同社の目下の脅威は冬場のコロナだとしている。
←カンタス航空だけが保有するB747-400ER(ウィキペディア英語版より)
日本でも人気で馴染み深いカンタス航空は1920年に設立された、世界で3番目に古いエアラインである。
今年は設立100周年と言う、驚くべき金字塔が建つ記念すべき年だったが、コロナに完全に水を射された格好だ。
当初は北東部クイーンズランド州の砂漠地帯にある小さな町、ロングリーチで開業し、郵便輸送や観光飛行を行う会社としてスタートした。
その後都市部への不定期旅客飛行などを手掛けるようになり、34年にイギリスのインペリアル航空(ブリティッシュ・エアウェイズの原形)と共同出資と言う形で新たに「カンタス・エンパイア・エアウェイズ」を設立し、本格的なエアライン事業を開始した。
「QANTAS」(カンタス)と言うのは造語で、「Queensland And Northernterritory Aerial Transport Services Ltd」の略。
今でこそクイーンズランド州や北部準州は、熱帯地方に属し、海岸部は州都ブリスベンを始めビーチリゾートとして人気だが、当時は砂漠とジャングルだけの「へき地」であった。
ブリスベン自体は港湾都市として発達していたが、それ以外は人跡未踏の地域で、いわばへき地事業から始まったと言える。
本格的事業に移行したことで、本拠地をシドニーに移し、イギリス製の「デ・ハビランドDH.86ドラゴンラピード」などでシドニー~メルボルン間などの運航を開始した。
←初めて定期便として運航したDH.86(ウィキペディア英語版より)
更にブリスベン~シンガポール間で、最初の国際線を開設した。
この路線はインペリアル航空との共同運航で、シンガポールでインペリアル機に乗り換える航路である。
最も当時は長距離飛行・夜間飛行は不可能だったから、ブリスベン~ロンドン間は実に12日間。途中31か所も経由しての長い旅路であった。
38年には同じくイギリス製の4発大型飛行艇「ショート・エンパイア23」が導入され、長距離飛行が可能になり、行程は「9日間」に短縮された。
←オーストラリア~イギリスを結んだショート・エンパイア飛行艇(ウィキペディア英語版より)
今ではとても考えられない話だが、船が長距離移動の主役だった時代、この行程は驚異的な早さだった。
船だとインド洋を横断し、アフリカ大陸を絨毯するように北上。スエズ運河を通過してようやく地中海だから、通常1カ月近くかかっていた。
スエズが開通する前は、アフリカ大陸南端の喜望峰経由だったから、更に時間を要した。
これらの巡航速度は250~300キロ前後で、新幹線よりも遅いが船より10倍は早い。
飛行艇だったのは、空港を必要としない事と、当時は港湾が発達していてホテルなどの設備が整っていたからだ。
乗客は1日中飛んで「寄港地」に着くと、夜はそこのホテルに宿泊し、翌日次の目的地に向かう。
荒天で海が荒れると運休になるから、よほど運が良くないと予定通り着くことがなかったと言う。
第二次大戦中は、日本との戦争で運休を余儀なくされるが、イギリスとの関係が強いオーストラリアにとって、エアラインは「命綱」とも言える重要な輸送機関になっていた。
オーストラリア~東南アジア~イギリスは「カンガルールート」と呼ばれ、同国では最も重要かつ利用率が大きいルートとして現在まで運航が続けられている。
孤立した地勢から、カンタス航空は長距離飛行が必然であり課題であった。
大戦後になると48年にはアメリカからロッキード「L-1049スーパーコンステレーション」を導入して、「カンガルールート」に投入した他、北米線も開設した。
日本には48年にDC-4を持ちいて岩国に初就航し、52年からは羽田に就航した。
岩国は現在も米軍基地があるが、戦後直後の同基地にはアメリカ軍だけでなく、イギリス軍やオーストラリア軍も進駐していたので、そのための就航であった。

←(2枚)DC-4とL-1049(ウィキペディア英語版より)
60年代にはいち早くジェット化を推進させ、B707を導入し、カンガルールートと北米線を繋ぐ「世界一周」路線も開設した。
70年代にはB747の他、超長距離仕様のB747SPなども導入し、世界で最も長距離機の比率が多いエアラインの一つであった。
また国内も広大ながら、人口が東西南北に偏っており、相互の行き来にも飛行機は欠かせないことから、同社の経営は比較的盤石であった。
70年代までは、株式の半分を政府が保持する「半官半民」のエアラインだったが、その後民営化された。

←(2枚)世界に「カンガルー」を広めたB707-320BとB747-200B(ウィキペディア英語版より)
それでも株式の一部は政府が所有するとともに、半分以上をオーストラリア人が保有すると言う法律が定められているため、今も半官半民の性格が強い。
90年代にはニュージーラン度にも現地法人を設立し、南太平洋路線などを運航していたが、ニュージーランド政府が市場の独占を申し立てたため、経営権は移譲している。
日本では「バブル経済」で海外旅行が定着し、オーストラリアも人気の旅行先となり、00年代にかけては日系エアラインも定期路線を開設している。

←(2枚)20年以上主力機として運用されたB747-300。400導入後は座席数を増やして中距離運用に転じ、10年以上日本線の主力として飛来した。エンジンはロールス・ロイスRB-211(ウィキペディア英語版より)
だが両国間の関係は、観光よりも経済的な結びつきが強く、観光客の需要は変動しやすいことから、現在ではオーストラリア側だけの運航が続いている。
国内や近距離国際線では、路線がどうしても限定されてしまう事から、カンタス航空以外の大手エアラインは育ちにくいと言う同国ならではの事情もある。
事実国内には小規模のリージョナルエアラインは複数存在するものの、幹線や長距離国際線の競合相手はない。
00年代まではカンタスは主に国際線、そして国内線を専門に運航する「アンセット航空」とのすみ分けができていたが、規制緩和でアンセット航空が国際線に進出すると、カンタスは同じ区間に新たに安い運賃で運航したりと露骨な妨害らしき手段を使ったりした。
ただ長距離機を維持するのは、資金力だけでなく乗務員の確保や整備力も問われることから、戦前からそうした事業を行ってきたカンタスに太刀打ちできない事実もあった。
良く言われるのが、同社は創立以来死亡事故を一度も起こしたことがない・・と言う記録だ。
これは国内を含め、どこへ飛ぶにも長距離飛行となる運命が、同社の乗務員や整備士のクオリティをトップレベルまで引き上げたことである。

←(2枚)90年代国内線用に導入されたB737-400(ウィキペディア英語版より)
それが絶対的自信に繋がっているようで、他社の追随を許さない基盤に成長させたのと同時に、オーストラリアでのエアラインビジネスは成り立ちにくい・・と言う構図も引き出している。
「ヴァージン・オーストラリア」は、名前の通りイギリスに本拠を多く「ヴァージングループ」のエアラインだが、元々はLCC「ヴァージン・ブルー」として設立されたエアラインだった。
同社は国内と近距離国際線の他、ニュージーランドやサモアに現地法人を設立し、人気を得たが、カンタスは対抗策として「ジェットスター」を立ち上げ、シェアを即座に奪い返した。
結果「ヴァージン・ブルー」は「ヴァージン・オーストラリア」に変更するとともに、LCCから「準LCC」に戦略を変更し、長距離便では比較的安い運賃を設定しつつフルサービスと言うエアラインに変わっていた。
機材も中古機で賄い、コストを削減していたが、カンタスのシェアを取り返すまでにはいたらなかった。


←(3枚)最近退役したB747-400(ウィキペディア英語版より)
カンタスと言えば赤いテールに白ヌキの「カンガルー」がシンボルで、シンプルながら私も好きなデザインなのだが、このカンガルーも実はカンタスが商標登録をしている。
遠くから見ても一目でオーストラリアのエアラインであることが分かる秀逸なデザインだが、カンタス以外で使う事が出来ない。
別にカンタスがカンガルー自体を独占・保有している訳でもないのに、カンガルーマークは同社だけの「オリジナル」なのである。
思い込みとは面白いもので、このカンガルーは輪郭だけをデザインした「線画」でありながら、誰もがカンガルーだと思ってしまう。
70年代までの塗装ではカンタスのイメージに合わせ、カンガルーの背中に「羽」がついていたのだが、意外と印象に薄い。
にもかかわらずカンタス=カンガルーと思わせているのは、さすがとしか言いようがない。
加えてカンタス=オーストラリアのエアラインと言う認識は、世界共通であり、同国へ出入国する人の3割以上が同社の利用者とも言われている。






←(7枚)日本線を中心に中距離線の主力として使われたB767-200ER/300ERとビジネスクラスのキャビン。07年からは「QANTAS」の書体が変更された(ウィキペディア英語版より)
近年では国内線や近距離国際線を、子会社の「ジェットスター」に移管することで、カンタス自体のシェアは若干落ちているが、グループとしては逆にシェアを伸ばしている状況にある。
オーストラリア人は、旅行好きが多い事でも知られる。
国内は雪の降る地域から砂漠、ジャングルに至るまで観光要素は全て兼ね備えているはずだが、孤立した場所のせいか、海外に出る人が多い。
逆に観光やビジネス、留学先として外国人にも人気のオーストラリアだが、共通する感覚は文化が平坦である事らしい。
「インバウンド」需要で、日本への外国人観光客が増加して久しいが、人数としては中国人・韓国人が最も多くを占めるものの、アメリカ人とオーストラリア人の訪日数も非常に多い。
東京や京都では、欧米人の1/3程度がオーストラリア人と言われるほど日本へ旅行しにくる人が多い。
しかも何度も来るリピーターが多く、多くは食べ物や街の多様さを理由に挙げる。
←格安ブランドとして運航したオーストラリアン航空。のちにジェットスターに整理された(ウィキペディア英語版より)
大陸文化と言う部分があるのだろうが、食べ物は総じて「まずい」と言うのがオーストラリア。
これは旅行で行った日本人だけでなく、当のオーストラリア人が認めている。
店の数も少ないばかりか、コンビニですら日本は比較にならない程種類が豊富で、食べ物は個人的な嗜好を別にすれば、何を食べても手がかかっていて美味しく、そして安いと賛美する人が多い。



←(4枚)先住民アボリジニ伝統工芸をイメージした特別塗装機。B747-300「ナラニ・ドリーミング」、B747-400ER「ナランジ・ドリーミング」、B737-800「ヤナニ・ドリーミング」(ウィキペディア英語版より)
1大陸1国が、一種の「鎖国」的な気分になってしまうのだろうか、休暇と言うと海外に行く人が圧倒的に多いと言う。
人気があるのは言葉の壁がないイギリスやアメリカ、カナダだが、いずれもオーストラリアから最も遠い地域に当たる。
一方日本は飛行機で8~9時間程度で済み、気候も良く治安も良く、そして「時差」をあまり気にしなくても良いのが人気の理由だそうである。
イギリス行きは、上記のようにカンタス航空にとっては伝統的路線であり、オーストラリアにとっては親子関係に近い立場にある。
その距離はシドニー~ロンドン間で17,000キロ以上になるため、現代でも直行は不可能だ。
ロンドン線はシドニーの他、北部のブリスベン、南部のメルボルン、西部唯一の大都市パースからも路線があるが、全てシンガポールを経由していた。
その時間は、実に24時間前後。気象条件等によってはそれ以上かかることも珍しくない。
←トランス・オーストラリアン航空から編入したA300-B4(ウィキペディア英語版より)
北米線も、かつては太平洋上のラロトンガなどの島嶼を経由して15~18時間ぐらいかかっていた。
どこへ行くにもこの調子だから、日本を含むアジアは「お隣さん」に近い存在である。
オーストラリア人も慣れたもので、ロンドン線では搭乗するとそれまでの「よそいき」の服をさっさと脱いで、「部屋着」に着替えてしまう。
本来マナーと言う点から言えば、機内で部屋着になることは常識外なのだが、カンタス航空は黙認している。
靴も脱ぎ、子供たちは部屋着どころかパジャマになってしまう。
まるで家でくつろぐのと同じだが、そうでもないと長時間機内で過ごすのは苦痛になってしまう。

←(2枚)長時間飛行の中核だったB747-400と400ER(ウィキペディア英語版より)
同時にカンタス側も、シンガポールを経由すれど、退屈しないように飲食物を大量に積み込む必要があり、大型ワイドボディ機は必須である。
ところが最近になって、長年の慣習が変わりつつある。
17年から導入した「B787-9」である。
同社は00年代まではボーイング党で、エアバス機の導入は殆どなかった。
92年に統合した国内専門エアランの「オーストラリアン航空」が運用していたA300を、一時引き継いで運用していたが、短期間で退役させていた。
一方B747は200型から300,400型まで全て導入しており、00年代には航続距離を伸ばした「400ER」まで導入している。
同機は400型に燃料タンクを増設したタイプで、カンタスが6機発注・生産された「レア機」であるが、一貫して747にこだわって来た。

←(2枚)長距離長時間飛行のために「特注品」となったB747-400ER。カンタス航空だけが導入したレアモデル(ウィキペディア英語版より)
中距離用はB767で、200・300型とも「ER」を導入。中距離線の主力として運用し、日本線でもお馴染みの機体だった。
国内線用ではB737-400からB737-800と連続しており、現在もB737-800は70機以上保有している。
しかしB767の老朽化が始まったことで、同社としては初めて新造機でA330の導入に踏み切り、エアバス機の併用が始まった。
ところがB787はもちろん、長距離機として既に定着していつB777も1機も発注してこなかった。
これは国際線は全て洋上飛行であり、長距離飛行であることが双発機の導入を阻んだと言われている。
今更双発機への不信感はないだろうが、万が一・・と考えると、長距離機は4発機・・と言う考えが捨てられなかったのだろう。

←(2枚)カンタスの伝統と概念を変えつつあるB787-9。下は「ヤム・ドリーミング」の特別塗装機(ウィキペディア英語版より)
しかし業界の多様化、採算性の低下は現実的で、16年ついに15機のB787-9を発注し、17年から運用を開始したのである。
15,000キロに及ぶ同機の長距離性能を活かし、同社は西部のパースからロンドン行きの「ノンストップ便」を初めて同機によって就航させたのである。
さすがにシドニーやメルボルンからは無理だったが、これまでシンガポールを経由して20時間以上かかったパース~ロンドン線が、一気に3時間短縮され、17時間で到達できるようになった。
最もシドニーからだとパース乗り換えで、結果的に24時間かかるため、シドニー・メルボルン~シンガポール~ロンドン線は継続している。
だが国内では例えパース発としても、イギリスまでノンストップ運航は驚きを持って迎えられたのである。
国民にとってはB787の凄さが、半ば信じられないと取られた様である。
←創立100周年記念塗装のB787-9(ウィキペディア英語版より)
カンタス航空にとっても初めてのことであり、長時間飛行に対しての対応も特別に行う事にした。
それは乗務員に特別な訓練を受けさせ、「エコノミー症候群」への対応を準備する他に、飛行中乗客には適宣な水分補給を「管理」するようにしている。
水や炭酸水の他、オリジナルの水分補給ドリンクなどを大量に用意し、乗客からリクエストされずとも飲用を進めたり、果物なども頻繁に提供するなど、狭い機内で長時間飛行のストレスに備えている。
現在同社では北米線にも同機を導入し、ロサンゼルス経由ニューヨーク便も運航するまでになっているが、今後ニューヨーク線に関しては直行を計画している。
実現するとパース~ロンドン線より長距離となり、20時間近い飛行になることから、実際にB787-9を飛ばし乗務員や社員だけでテスト及び訓練を行っている。
キャビンは座席数を減らし、空間を少しでも拡げる工夫も考えられている。
パース~ロンドン線では、これまでのB747での運航に比べ、コストが20%削減されたと言う。
結果を踏まえ、B787の追加発注をしたほか、昨年にはエアバス社に「A350-900ULR」の発注も行った。
だが利用者には時短が必ずしも歓迎されていないようで、時間はかかっても経由地での「トランジット」があった方が良い・・という意見も多いと言う。


←(3枚)日本線の主力機A330-200/300(ウィキペディア英語版より)
カンタスにとっては、経費の安いノンストップ便が良いに決まっているが、利用者に嫌われては本末転倒だ。
せっかちな日本人ならば多少窮屈な思いをしても、直行便を歓迎するだろうが、オーストラリア人はそうでもないようだ。
B787の好成績を鑑みて、カンタスは機材更新計画を新たに設けて、「B777-9X」の発注も行った。
将来的に、全機の双発化に踏み切る構えだ。
これにより長年運用して来たB747-400が、最近全機退役した。
現時点で同社が保有する4発機はB747-400ERと、最大の旅客機A380である。
コロナによる運休を除くと、A380はシドニーを中心としてヨーロッパ線と北米線、「カンガルールート」に投入されているが、B747-400ERはブリスベンからの北米線に運航されており、予備的な扱いになっている。
コロナの影響を受け、同社では12機保有するA380のうち8機を退役させ、4機だけ残す事を公表した。
←新塗装になったA380(ウィキペディア英語版より)
B747も退役の方向だが、コロナで新造機の生産及び納入が延期されることが必須なので、正式な退役時期は発表されていない。
A380に至っても、4発の重量機と言うハンデは認めるものの、他にはないダブルデッカーとしての「居住性」が捨てがたいと言う事なのだろう。
コロナ後は「カンガルールート」のメイン機材として、今後しばらく現役に留まると見られる。
ファンとして気がかりなのは5機残るB747-400ERだが、後継機となるB787-9の充足、そしてA350-900ULR・B777-9Xの動向次第・・と言う事になるかも知れない。
またコロナ後再開に合わせ、日本線のうち羽田便に関しては、これまでのA330からB787に機材変更、と言うニュースも流れて来ている。
カンタスのA330は、B767の後継機として導入され、200・300型併せて30機を保有しており、国内線ではシドニー・メルボルン~パース・ダーウィンなどの大陸横断線に運用されるほか、日本を含むアジア・太平洋路線の中核である。
だがB787が気に入ってるようで、長距離線以外への投入も積極的になっており、将来的には787を追加導入してA330と交替させる可能性もあるだろう。
オーストラリアでは、カンタスの子会社LCC・ジェットスターが、ワイドボディ機としてB787-8を独自に導入している。
それまではカンタスのA330-200がリースされていたが、787の導入に伴い返還されている。
同社の運航実績も大いに参考にしたであろうが、コロナを含めてカンタスの「こだわり」は良くも悪くも変化の時期を迎えていると言えるかも知れない。

←(2枚)台湾線を運航するためのブランド「オーストラリア・アジア航空」として運航したB747SPとB767-300ER(ウィキペディア英語版より)
意外な事に、発売開始以来20年以上カンタスを含めてオーストラリアのエアラインはB777さえも導入しておらず、「ヴァージン・オーストラリア」が最初であった。
カンタスにとつて「双発機の時代」は、世界に比べやや遅く訪れることになりそうだが、同時にオーストラリアのエアライン事情も均一化されていくと言う事だろうか。
ファンにとって興味深い事の一つは、カンタスのリージョナル部門である「カンタスリンク」もある。
これは会社でなく「ブランド」で、提携するリージョナルエアラインが運航している。
主に西部やタスマニアなどが中心で、各エアラインの所有機はカンタス塗装でコネクション便・独自便を運航。
全てカンタス航空のコードシェア便で運航している。


←(3枚)カンタスリンクのDHC-8-400、フォッカー100、B717(ウィキペディア英語版より)
機材はプロペラ機のDHC-8シリーズが最も多いが、運航する提携エアラインの中には20機のB717と17機のフォッカー100が含まれており、比較的距離の長い便に運用されている。
リージョナル便ながら、この2機種はビジネスクラスを含む2クラス制である。
コロナの影響でB717を最も多く保有するアメリカのデルタ航空が退役を予定しており、残るはハワイアン航空とカンタスリンクだけになろうとしている。
同社のB717は、統合した元インパルス航空が自社発注したものだ。
西部のパースを中心に運航されており、広大な地域をきめ細かくカバーしている。
←1機だけ運航されていた貨物機のB767-300ER/BCF(ウィキペディア英語版より)
なおB787-9の導入に合わせ、約35年ぶりに塗装の大幅な変更が実施された。
ホワイトボディに「レッドテールとカンガルー」は、80年代半ばに登場し、30年近く変更されていなかったが、07年に「QANTAS」のロゴの書体と大きさが変更。カンガルーも若干形が変更された。
現行塗装は、ロゴが再び変更され、細字で全体が大きくなったほか、カンガルーもラインを変更。
レッドテールは、前側にグレーの縁取りがつき、立体感を出している。
ある意味「マイナーチェンジ」に近く、パッと見はあまり違和感はない。
しかし「QANTAS」の文字は大きすぎて、正直バランスが悪いように思える。


←(3枚)新塗装に変更されたA330-200と新旧塗装のB737-800(ウィキペディア英語版より)
慣れの問題かもしれないが、機体によってはアンバランス感が否めず、微妙である。
既存の機体には順次変更されているが、その速度は遅いようだ。
←70年代までのレトロ塗装のB737-800(ウィキペディア英語版より)
夜も上着は要らなくなった気がする。
気温は15℃前後で、正直微妙なのだけど歩くと少し暑く感じそう。
日中との気温差は10℃以上あるから、体調には要注意だ。
テレビでも報道されているが、これから暑さが本格化してくると「マスク」が問題。
暑さの中無理にしていると、熱中症を誘発する可能性があると言う。
でもしばらく人と接する場所ではマスクは必須で、エアコンの効いている室内や車内ではマスク、外を歩く時は外す・・と言う方法しかないようだ。
先日近所で、マスクに帽子、ゴーグルをつけてジョギングしている人を見かけたが、平気なのかも知れないが行き過ぎでは・・・?
人とすれ違う程度で感染することはほぼないから、外では外しても良いかと思う。
面倒だが、それも「生活様式の変化」の一つか。
夕方一時雨が降りそうな空だったが、夜は綺麗に星が見えていた。
コロナの事に翻弄されて、ここしばらく星など見ていなかった気がする。
間もなく梅雨を迎えれば、また星空は見にくくなる。
ちょっと「得」して気分になった。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
先週の肌寒さは解消し、初夏らしい陽気が戻って来ました。
少し暑く思えますが、新緑が日差しに輝くようでとても綺麗です。
君も見ている事と思います。
ただ急に寒くなったり、暑くなったりは今後も繰り返しますので、体調管理に気をつけて下さい。
コロナの影響で、買い物や飲食がしにくくなっていますが、君はどうですか。
私もいつも行っていたカフェが時短営業になり、1カ月以上行けずにいます。
止むを得ず別のお店に行ったりしていますが、間もなく戻るようです。
君にコロナの影響がどう関わったか、私は知る由がありませんが、世間に流されず君の道を外れないで下さい。
魂に行き先を指示していれば、必ず思い通りの生き方ができます。
君ならそれができると思います。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
卯の花の 咲く月立ちぬ ほととぎす 今も鳴かぬか 君に聞かせむ(万葉集巻十八 4066 大伴宿禰家持)
日差しはあるのだけれど、雲の方が優勢で薄日と言う感じだ。
変わりやすい天気で、市内では早朝にわか雨が降った時間もあったし、午後には県内全域に雷注意報が出た。
湿った空気が入っているため、雲が多めの天気だった。気温は平年並みだが、湿度が少し高めだ。
街では半袖姿で歩く人も僅かに見られるが、まるごと半袖と言うほどではない。
見かけたのは女性だったから、恐らく羽織るものを持ってのことだろう。
向こう1週間、気温は21~25℃程度の予想が出ているから、日中に関しては薄着で充分だろうが、朝晩は12~15℃くらいだから1枚あった方が良さそうだ。
いつの間にか5月は最終週。
来週からは「衣替え」で、ついに「夏」が目に見えてくる時期。
コロナの影響で休校が続く学校も、臨時登校と言う形で少しずつ再開しているが、現時点では6月初旬から正式に再開する見込み。
自治体によっては既に再開しているが、制服の中高生特に新入生は、初めて着る制服は「夏服」からになりそうだ。
昨日緊急事態宣言は全て解除されたが、コロナは収束していない。
国民は「新しい生活様式」に変えようと頑張っているが、人の流れも当然増えつつあり、再び感染拡大の可能性は否定できない。
いつまでも「自粛」している訳にもいかず、コロナ前のように戻る訳にもいかず、当惑の日々が続くのだろうか。
いつかは「あの時は大変だったなあ」と言う歴史になるのだろうけど、今年は季節を噛みしめる余裕がない様に思う。
メディアは自粛を逆手に、「こんな時だからこそ」と家での過ごし方を宣伝するが、世間はうわの空だったのではないか。
家に籠ることが多くなり、外での季節感自体分かりにくくなってしまった。
コロナが落ち着いたかどうかわからないが、仙台では6月から学校だけでなく、時短営業中だったお店も通常営業に戻す予定のところも出て来た。
また利用者減少で休日ダイヤで運行しているバスや地下鉄も、通常に戻る予定だ。
日本人は警戒感が強いけれど、欧米では緩和されたとたん観光地や商業地に人が押し寄せ、マスクをするのも止める人が多いと言う。
関東や関西では、厳しい自粛が終わり、同じように街には人が増えた。
大丈夫だろうか・・と思うのは、私だけでないだろう。
北九州市では、約3週間感染者が出なかったのに、ここ数日急に数人ずつ発生し始めた。
緊急事態宣言解除を受けて、市内の公共施設が再開したばかりだったが、僅か1日で再び休業になったと言う。
人口が多い地域なので、隣接する福岡市などに飛び火する可能性もあるだろうし、まだまだ警戒感を緩めてはいけないと言う事だろう。
飛行機ネタ。
南米チリに本拠を置く「LATAM」航空が、アメリカ連邦裁判所に「連邦破産法11条(チャプター11)」を今日付けで申請、事実上破綻した。
本国チリの他、ペルー・エクアドル・コロンビア・アメリカの関連会社を含めた申請だが、アルゼンチンやブラジルのグループ会社はその範疇に入っていないと言う。
コロナによる長期運休で大きな赤字負債を抱え込んでおり、今後再生を目指す。
同社によれば、今後政府を含む多方面からの支援策を受け入れ、コロナ後速やかな運航再開に備えるとしており、倒産及び全面運航停止にはならないことを強調した。
「LATAM」はブラジルの大手「TAM」航空を統合してできた南米最大のエアライングループで、元々はチリのフラッグキャリア「LANチリ航空」である。
先日ライバルであるコロンビアの「アビアンカ航空」も、チャプター11を申請しており、中南米の大手2社が揃って破綻したことになる。
またヨーロッパ最大のエアライン、ドイツのルフトハンザも破産申請を視野に入れていたが、ドイツ政府が数千億円規模の融資・支援を決定したことで破綻は回避された。
今回の騒ぎは大手程打撃が大きく、日本航空や全日空も既に数百億円の赤字を出していると言われ、今後売り上げが伸びないと早ければ1年後には手持ちの資金が底を尽くと言う噂も流れている。
世界的流行であるため、今後需要が「コロナ前」のように戻ることは困難で、少なくとも数年以上かかるとも言われている。
だがエアラインは国の国策事業としている国が多く、単にお金の問題で経営が左右される訳にはいかない国も多い。
今のところ経営不振の噂は出ていなくとも、危うい状況にあるのはどこも同じだ。
気温が高くなったせいか。北半球のコロナは減衰傾向を見せているが、逆に南半球を中心に感染拡大が続いている。
WHOも「流行の中心は南米とアフリカに移った」と指摘したように、ブラジルではこの1カ月で感染者・死者とも世界3位にまで上昇した。
アフリカ諸国も、数はまだ少ないものの、各国への拡大は広がっている。
これから気温が下がり空気が乾燥する冬を迎える南半球は、流行のピークを迎えると言う見方もある。
その中で戦々恐々としているのがオーストラリアだ。
ご存じの通り、オーストラリアは世界で唯一「1大陸1国」で、面積は約769万平方キロ。大陸としては世界最小だが、それでも日本の19倍もある。
そこに人口は僅か約2.500万人で、そのほとんどが東部に集中している。
いわば国自体があまり「密」になっていないのだが、これまでにコロナの感染者数は約7,100人、死者数は102人と比較的低い水準が続いている。
感染者のうち9割の人は既に回復し、社会復帰しており、入院・治療中の患者は1,000人を切っている。
大都市が数か所しかないことや、東部と西部・北部は2~3,000キロも離れており、元々人の移動が少ない事が感染拡大を防いでいると思われるが、政府は冬を迎えるこれから「第二波」が来るのでは、と警戒を強めている。
国内では州を越えての移動が自粛されており、交通機関も間引き運航を継続している。
3月に日本初就航を予定していた、オーストラリア第二のエアライン「ヴァージン・オーストラリア」が直前に経営破綻・運休になり、現在大手のエアラインはフラッグキャリアである「カンタス航空」だけになっている。
同社のウェブによると、国内線は週辺り60便前後だけの運航で、国際線はニュージーランド線と海外滞在の帰国者のための臨時便以外、6月末まで全て運休を予定している。
ヴァージン・オーストラリアは売却を探しており、中国系のエアラインやシンガポール航空が興味を示していると言われており、もし復活すれば再びカンタス航空のライバルとなるが、同社の目下の脅威は冬場のコロナだとしている。
日本でも人気で馴染み深いカンタス航空は1920年に設立された、世界で3番目に古いエアラインである。
今年は設立100周年と言う、驚くべき金字塔が建つ記念すべき年だったが、コロナに完全に水を射された格好だ。
当初は北東部クイーンズランド州の砂漠地帯にある小さな町、ロングリーチで開業し、郵便輸送や観光飛行を行う会社としてスタートした。
その後都市部への不定期旅客飛行などを手掛けるようになり、34年にイギリスのインペリアル航空(ブリティッシュ・エアウェイズの原形)と共同出資と言う形で新たに「カンタス・エンパイア・エアウェイズ」を設立し、本格的なエアライン事業を開始した。
「QANTAS」(カンタス)と言うのは造語で、「Queensland And Northernterritory Aerial Transport Services Ltd」の略。
今でこそクイーンズランド州や北部準州は、熱帯地方に属し、海岸部は州都ブリスベンを始めビーチリゾートとして人気だが、当時は砂漠とジャングルだけの「へき地」であった。
ブリスベン自体は港湾都市として発達していたが、それ以外は人跡未踏の地域で、いわばへき地事業から始まったと言える。
本格的事業に移行したことで、本拠地をシドニーに移し、イギリス製の「デ・ハビランドDH.86ドラゴンラピード」などでシドニー~メルボルン間などの運航を開始した。
更にブリスベン~シンガポール間で、最初の国際線を開設した。
この路線はインペリアル航空との共同運航で、シンガポールでインペリアル機に乗り換える航路である。
最も当時は長距離飛行・夜間飛行は不可能だったから、ブリスベン~ロンドン間は実に12日間。途中31か所も経由しての長い旅路であった。
38年には同じくイギリス製の4発大型飛行艇「ショート・エンパイア23」が導入され、長距離飛行が可能になり、行程は「9日間」に短縮された。
今ではとても考えられない話だが、船が長距離移動の主役だった時代、この行程は驚異的な早さだった。
船だとインド洋を横断し、アフリカ大陸を絨毯するように北上。スエズ運河を通過してようやく地中海だから、通常1カ月近くかかっていた。
スエズが開通する前は、アフリカ大陸南端の喜望峰経由だったから、更に時間を要した。
これらの巡航速度は250~300キロ前後で、新幹線よりも遅いが船より10倍は早い。
飛行艇だったのは、空港を必要としない事と、当時は港湾が発達していてホテルなどの設備が整っていたからだ。
乗客は1日中飛んで「寄港地」に着くと、夜はそこのホテルに宿泊し、翌日次の目的地に向かう。
荒天で海が荒れると運休になるから、よほど運が良くないと予定通り着くことがなかったと言う。
第二次大戦中は、日本との戦争で運休を余儀なくされるが、イギリスとの関係が強いオーストラリアにとって、エアラインは「命綱」とも言える重要な輸送機関になっていた。
オーストラリア~東南アジア~イギリスは「カンガルールート」と呼ばれ、同国では最も重要かつ利用率が大きいルートとして現在まで運航が続けられている。
孤立した地勢から、カンタス航空は長距離飛行が必然であり課題であった。
大戦後になると48年にはアメリカからロッキード「L-1049スーパーコンステレーション」を導入して、「カンガルールート」に投入した他、北米線も開設した。
日本には48年にDC-4を持ちいて岩国に初就航し、52年からは羽田に就航した。
岩国は現在も米軍基地があるが、戦後直後の同基地にはアメリカ軍だけでなく、イギリス軍やオーストラリア軍も進駐していたので、そのための就航であった。
60年代にはいち早くジェット化を推進させ、B707を導入し、カンガルールートと北米線を繋ぐ「世界一周」路線も開設した。
70年代にはB747の他、超長距離仕様のB747SPなども導入し、世界で最も長距離機の比率が多いエアラインの一つであった。
また国内も広大ながら、人口が東西南北に偏っており、相互の行き来にも飛行機は欠かせないことから、同社の経営は比較的盤石であった。
70年代までは、株式の半分を政府が保持する「半官半民」のエアラインだったが、その後民営化された。
それでも株式の一部は政府が所有するとともに、半分以上をオーストラリア人が保有すると言う法律が定められているため、今も半官半民の性格が強い。
90年代にはニュージーラン度にも現地法人を設立し、南太平洋路線などを運航していたが、ニュージーランド政府が市場の独占を申し立てたため、経営権は移譲している。
日本では「バブル経済」で海外旅行が定着し、オーストラリアも人気の旅行先となり、00年代にかけては日系エアラインも定期路線を開設している。
だが両国間の関係は、観光よりも経済的な結びつきが強く、観光客の需要は変動しやすいことから、現在ではオーストラリア側だけの運航が続いている。
国内や近距離国際線では、路線がどうしても限定されてしまう事から、カンタス航空以外の大手エアラインは育ちにくいと言う同国ならではの事情もある。
事実国内には小規模のリージョナルエアラインは複数存在するものの、幹線や長距離国際線の競合相手はない。
00年代まではカンタスは主に国際線、そして国内線を専門に運航する「アンセット航空」とのすみ分けができていたが、規制緩和でアンセット航空が国際線に進出すると、カンタスは同じ区間に新たに安い運賃で運航したりと露骨な妨害らしき手段を使ったりした。
ただ長距離機を維持するのは、資金力だけでなく乗務員の確保や整備力も問われることから、戦前からそうした事業を行ってきたカンタスに太刀打ちできない事実もあった。
良く言われるのが、同社は創立以来死亡事故を一度も起こしたことがない・・と言う記録だ。
これは国内を含め、どこへ飛ぶにも長距離飛行となる運命が、同社の乗務員や整備士のクオリティをトップレベルまで引き上げたことである。
それが絶対的自信に繋がっているようで、他社の追随を許さない基盤に成長させたのと同時に、オーストラリアでのエアラインビジネスは成り立ちにくい・・と言う構図も引き出している。
「ヴァージン・オーストラリア」は、名前の通りイギリスに本拠を多く「ヴァージングループ」のエアラインだが、元々はLCC「ヴァージン・ブルー」として設立されたエアラインだった。
同社は国内と近距離国際線の他、ニュージーランドやサモアに現地法人を設立し、人気を得たが、カンタスは対抗策として「ジェットスター」を立ち上げ、シェアを即座に奪い返した。
結果「ヴァージン・ブルー」は「ヴァージン・オーストラリア」に変更するとともに、LCCから「準LCC」に戦略を変更し、長距離便では比較的安い運賃を設定しつつフルサービスと言うエアラインに変わっていた。
機材も中古機で賄い、コストを削減していたが、カンタスのシェアを取り返すまでにはいたらなかった。
カンタスと言えば赤いテールに白ヌキの「カンガルー」がシンボルで、シンプルながら私も好きなデザインなのだが、このカンガルーも実はカンタスが商標登録をしている。
遠くから見ても一目でオーストラリアのエアラインであることが分かる秀逸なデザインだが、カンタス以外で使う事が出来ない。
別にカンタスがカンガルー自体を独占・保有している訳でもないのに、カンガルーマークは同社だけの「オリジナル」なのである。
思い込みとは面白いもので、このカンガルーは輪郭だけをデザインした「線画」でありながら、誰もがカンガルーだと思ってしまう。
70年代までの塗装ではカンタスのイメージに合わせ、カンガルーの背中に「羽」がついていたのだが、意外と印象に薄い。
にもかかわらずカンタス=カンガルーと思わせているのは、さすがとしか言いようがない。
加えてカンタス=オーストラリアのエアラインと言う認識は、世界共通であり、同国へ出入国する人の3割以上が同社の利用者とも言われている。
近年では国内線や近距離国際線を、子会社の「ジェットスター」に移管することで、カンタス自体のシェアは若干落ちているが、グループとしては逆にシェアを伸ばしている状況にある。
オーストラリア人は、旅行好きが多い事でも知られる。
国内は雪の降る地域から砂漠、ジャングルに至るまで観光要素は全て兼ね備えているはずだが、孤立した場所のせいか、海外に出る人が多い。
逆に観光やビジネス、留学先として外国人にも人気のオーストラリアだが、共通する感覚は文化が平坦である事らしい。
「インバウンド」需要で、日本への外国人観光客が増加して久しいが、人数としては中国人・韓国人が最も多くを占めるものの、アメリカ人とオーストラリア人の訪日数も非常に多い。
東京や京都では、欧米人の1/3程度がオーストラリア人と言われるほど日本へ旅行しにくる人が多い。
しかも何度も来るリピーターが多く、多くは食べ物や街の多様さを理由に挙げる。
大陸文化と言う部分があるのだろうが、食べ物は総じて「まずい」と言うのがオーストラリア。
これは旅行で行った日本人だけでなく、当のオーストラリア人が認めている。
店の数も少ないばかりか、コンビニですら日本は比較にならない程種類が豊富で、食べ物は個人的な嗜好を別にすれば、何を食べても手がかかっていて美味しく、そして安いと賛美する人が多い。
1大陸1国が、一種の「鎖国」的な気分になってしまうのだろうか、休暇と言うと海外に行く人が圧倒的に多いと言う。
人気があるのは言葉の壁がないイギリスやアメリカ、カナダだが、いずれもオーストラリアから最も遠い地域に当たる。
一方日本は飛行機で8~9時間程度で済み、気候も良く治安も良く、そして「時差」をあまり気にしなくても良いのが人気の理由だそうである。
イギリス行きは、上記のようにカンタス航空にとっては伝統的路線であり、オーストラリアにとっては親子関係に近い立場にある。
その距離はシドニー~ロンドン間で17,000キロ以上になるため、現代でも直行は不可能だ。
ロンドン線はシドニーの他、北部のブリスベン、南部のメルボルン、西部唯一の大都市パースからも路線があるが、全てシンガポールを経由していた。
その時間は、実に24時間前後。気象条件等によってはそれ以上かかることも珍しくない。
北米線も、かつては太平洋上のラロトンガなどの島嶼を経由して15~18時間ぐらいかかっていた。
どこへ行くにもこの調子だから、日本を含むアジアは「お隣さん」に近い存在である。
オーストラリア人も慣れたもので、ロンドン線では搭乗するとそれまでの「よそいき」の服をさっさと脱いで、「部屋着」に着替えてしまう。
本来マナーと言う点から言えば、機内で部屋着になることは常識外なのだが、カンタス航空は黙認している。
靴も脱ぎ、子供たちは部屋着どころかパジャマになってしまう。
まるで家でくつろぐのと同じだが、そうでもないと長時間機内で過ごすのは苦痛になってしまう。
同時にカンタス側も、シンガポールを経由すれど、退屈しないように飲食物を大量に積み込む必要があり、大型ワイドボディ機は必須である。
ところが最近になって、長年の慣習が変わりつつある。
17年から導入した「B787-9」である。
同社は00年代まではボーイング党で、エアバス機の導入は殆どなかった。
92年に統合した国内専門エアランの「オーストラリアン航空」が運用していたA300を、一時引き継いで運用していたが、短期間で退役させていた。
一方B747は200型から300,400型まで全て導入しており、00年代には航続距離を伸ばした「400ER」まで導入している。
同機は400型に燃料タンクを増設したタイプで、カンタスが6機発注・生産された「レア機」であるが、一貫して747にこだわって来た。
中距離用はB767で、200・300型とも「ER」を導入。中距離線の主力として運用し、日本線でもお馴染みの機体だった。
国内線用ではB737-400からB737-800と連続しており、現在もB737-800は70機以上保有している。
しかしB767の老朽化が始まったことで、同社としては初めて新造機でA330の導入に踏み切り、エアバス機の併用が始まった。
ところがB787はもちろん、長距離機として既に定着していつB777も1機も発注してこなかった。
これは国際線は全て洋上飛行であり、長距離飛行であることが双発機の導入を阻んだと言われている。
今更双発機への不信感はないだろうが、万が一・・と考えると、長距離機は4発機・・と言う考えが捨てられなかったのだろう。
しかし業界の多様化、採算性の低下は現実的で、16年ついに15機のB787-9を発注し、17年から運用を開始したのである。
15,000キロに及ぶ同機の長距離性能を活かし、同社は西部のパースからロンドン行きの「ノンストップ便」を初めて同機によって就航させたのである。
さすがにシドニーやメルボルンからは無理だったが、これまでシンガポールを経由して20時間以上かかったパース~ロンドン線が、一気に3時間短縮され、17時間で到達できるようになった。
最もシドニーからだとパース乗り換えで、結果的に24時間かかるため、シドニー・メルボルン~シンガポール~ロンドン線は継続している。
だが国内では例えパース発としても、イギリスまでノンストップ運航は驚きを持って迎えられたのである。
国民にとってはB787の凄さが、半ば信じられないと取られた様である。
カンタス航空にとっても初めてのことであり、長時間飛行に対しての対応も特別に行う事にした。
それは乗務員に特別な訓練を受けさせ、「エコノミー症候群」への対応を準備する他に、飛行中乗客には適宣な水分補給を「管理」するようにしている。
水や炭酸水の他、オリジナルの水分補給ドリンクなどを大量に用意し、乗客からリクエストされずとも飲用を進めたり、果物なども頻繁に提供するなど、狭い機内で長時間飛行のストレスに備えている。
現在同社では北米線にも同機を導入し、ロサンゼルス経由ニューヨーク便も運航するまでになっているが、今後ニューヨーク線に関しては直行を計画している。
実現するとパース~ロンドン線より長距離となり、20時間近い飛行になることから、実際にB787-9を飛ばし乗務員や社員だけでテスト及び訓練を行っている。
キャビンは座席数を減らし、空間を少しでも拡げる工夫も考えられている。
パース~ロンドン線では、これまでのB747での運航に比べ、コストが20%削減されたと言う。
結果を踏まえ、B787の追加発注をしたほか、昨年にはエアバス社に「A350-900ULR」の発注も行った。
だが利用者には時短が必ずしも歓迎されていないようで、時間はかかっても経由地での「トランジット」があった方が良い・・という意見も多いと言う。
カンタスにとっては、経費の安いノンストップ便が良いに決まっているが、利用者に嫌われては本末転倒だ。
せっかちな日本人ならば多少窮屈な思いをしても、直行便を歓迎するだろうが、オーストラリア人はそうでもないようだ。
B787の好成績を鑑みて、カンタスは機材更新計画を新たに設けて、「B777-9X」の発注も行った。
将来的に、全機の双発化に踏み切る構えだ。
これにより長年運用して来たB747-400が、最近全機退役した。
現時点で同社が保有する4発機はB747-400ERと、最大の旅客機A380である。
コロナによる運休を除くと、A380はシドニーを中心としてヨーロッパ線と北米線、「カンガルールート」に投入されているが、B747-400ERはブリスベンからの北米線に運航されており、予備的な扱いになっている。
コロナの影響を受け、同社では12機保有するA380のうち8機を退役させ、4機だけ残す事を公表した。
B747も退役の方向だが、コロナで新造機の生産及び納入が延期されることが必須なので、正式な退役時期は発表されていない。
A380に至っても、4発の重量機と言うハンデは認めるものの、他にはないダブルデッカーとしての「居住性」が捨てがたいと言う事なのだろう。
コロナ後は「カンガルールート」のメイン機材として、今後しばらく現役に留まると見られる。
ファンとして気がかりなのは5機残るB747-400ERだが、後継機となるB787-9の充足、そしてA350-900ULR・B777-9Xの動向次第・・と言う事になるかも知れない。
またコロナ後再開に合わせ、日本線のうち羽田便に関しては、これまでのA330からB787に機材変更、と言うニュースも流れて来ている。
カンタスのA330は、B767の後継機として導入され、200・300型併せて30機を保有しており、国内線ではシドニー・メルボルン~パース・ダーウィンなどの大陸横断線に運用されるほか、日本を含むアジア・太平洋路線の中核である。
だがB787が気に入ってるようで、長距離線以外への投入も積極的になっており、将来的には787を追加導入してA330と交替させる可能性もあるだろう。
オーストラリアでは、カンタスの子会社LCC・ジェットスターが、ワイドボディ機としてB787-8を独自に導入している。
それまではカンタスのA330-200がリースされていたが、787の導入に伴い返還されている。
同社の運航実績も大いに参考にしたであろうが、コロナを含めてカンタスの「こだわり」は良くも悪くも変化の時期を迎えていると言えるかも知れない。
意外な事に、発売開始以来20年以上カンタスを含めてオーストラリアのエアラインはB777さえも導入しておらず、「ヴァージン・オーストラリア」が最初であった。
カンタスにとつて「双発機の時代」は、世界に比べやや遅く訪れることになりそうだが、同時にオーストラリアのエアライン事情も均一化されていくと言う事だろうか。
ファンにとって興味深い事の一つは、カンタスのリージョナル部門である「カンタスリンク」もある。
これは会社でなく「ブランド」で、提携するリージョナルエアラインが運航している。
主に西部やタスマニアなどが中心で、各エアラインの所有機はカンタス塗装でコネクション便・独自便を運航。
全てカンタス航空のコードシェア便で運航している。
機材はプロペラ機のDHC-8シリーズが最も多いが、運航する提携エアラインの中には20機のB717と17機のフォッカー100が含まれており、比較的距離の長い便に運用されている。
リージョナル便ながら、この2機種はビジネスクラスを含む2クラス制である。
コロナの影響でB717を最も多く保有するアメリカのデルタ航空が退役を予定しており、残るはハワイアン航空とカンタスリンクだけになろうとしている。
同社のB717は、統合した元インパルス航空が自社発注したものだ。
西部のパースを中心に運航されており、広大な地域をきめ細かくカバーしている。
なおB787-9の導入に合わせ、約35年ぶりに塗装の大幅な変更が実施された。
ホワイトボディに「レッドテールとカンガルー」は、80年代半ばに登場し、30年近く変更されていなかったが、07年に「QANTAS」のロゴの書体と大きさが変更。カンガルーも若干形が変更された。
現行塗装は、ロゴが再び変更され、細字で全体が大きくなったほか、カンガルーもラインを変更。
レッドテールは、前側にグレーの縁取りがつき、立体感を出している。
ある意味「マイナーチェンジ」に近く、パッと見はあまり違和感はない。
しかし「QANTAS」の文字は大きすぎて、正直バランスが悪いように思える。
慣れの問題かもしれないが、機体によってはアンバランス感が否めず、微妙である。
既存の機体には順次変更されているが、その速度は遅いようだ。
夜も上着は要らなくなった気がする。
気温は15℃前後で、正直微妙なのだけど歩くと少し暑く感じそう。
日中との気温差は10℃以上あるから、体調には要注意だ。
テレビでも報道されているが、これから暑さが本格化してくると「マスク」が問題。
暑さの中無理にしていると、熱中症を誘発する可能性があると言う。
でもしばらく人と接する場所ではマスクは必須で、エアコンの効いている室内や車内ではマスク、外を歩く時は外す・・と言う方法しかないようだ。
先日近所で、マスクに帽子、ゴーグルをつけてジョギングしている人を見かけたが、平気なのかも知れないが行き過ぎでは・・・?
人とすれ違う程度で感染することはほぼないから、外では外しても良いかと思う。
面倒だが、それも「生活様式の変化」の一つか。
夕方一時雨が降りそうな空だったが、夜は綺麗に星が見えていた。
コロナの事に翻弄されて、ここしばらく星など見ていなかった気がする。
間もなく梅雨を迎えれば、また星空は見にくくなる。
ちょっと「得」して気分になった。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
先週の肌寒さは解消し、初夏らしい陽気が戻って来ました。
少し暑く思えますが、新緑が日差しに輝くようでとても綺麗です。
君も見ている事と思います。
ただ急に寒くなったり、暑くなったりは今後も繰り返しますので、体調管理に気をつけて下さい。
コロナの影響で、買い物や飲食がしにくくなっていますが、君はどうですか。
私もいつも行っていたカフェが時短営業になり、1カ月以上行けずにいます。
止むを得ず別のお店に行ったりしていますが、間もなく戻るようです。
君にコロナの影響がどう関わったか、私は知る由がありませんが、世間に流されず君の道を外れないで下さい。
魂に行き先を指示していれば、必ず思い通りの生き方ができます。
君ならそれができると思います。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
卯の花の 咲く月立ちぬ ほととぎす 今も鳴かぬか 君に聞かせむ(万葉集巻十八 4066 大伴宿禰家持)
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