飛行機ネタ エレガンスなれど、実は質素で実質的エール・フランス(2月3日 晴れ時々曇り 12℃)
今日は二十四節気「立春」、すなわち「節分」。
暦の上では、今日で冬はおしまい。明日から「春」。
北で前線を伴った低気圧が通過し、それに向かって南風が吹いたため気温が上がった。
仙台は午後を中心に気温が上がり、二桁になり、「立春」を肌で感じる暖かさに。
最もこれは天気の「気まぐれ」であり、明日からは寒気が流入。居座る予定で、この時期本来の寒さが到来すると言う。
特に水曜日以降、寒気は強くなり日本海側や北海道では雪が降りやすく、仙台も氷点下の寒さになると言う。
今日が12℃だったが、木曜頃は最高気温2℃なんて予報が出ている。
これでは体調が追い付かないこと必至で、騒ぎもあり充分注意が必要だ。
メディアは相変わらず新型肺炎の拡大を報じているが、医療関係者は必要以上に騒ぐことは得策ではないと警告している。
中国では連日死者が出ているが、殆どが持病を持っていての合併症だったり、抵抗力の低い人がほとんどだと言う。
いかにも厳戒の体制を敷いているように報じられているが、行き届いていない地域の方が圧倒的に多く、症状が悪化する人が多いらしい。
日本であれば小さな子供や高齢者が気をつければ、大丈夫だとする医療関係者が多い。
比較すべきではないのかも知れないが、インフルエンザの方がよほど危険で、毎年1,000人以上が死亡しているという事実がある。
今のところ日本人での死者、重篤な状態になった人はおらず、必要以上に怖がることは愚かと言えるかも知れない。
SNSの根拠のない噂に惑わされることも厳禁であり、情報が知りたければ行政や厚労省のウェブを見るなり問い合わせする方が良いだろう。
私も昨日あたりから、喉と鼻が・・・まさか?
もちろんそんな訳ない。ここしばらく人と接したことがないのだから。
飛行機ネタ。
2月1日0時を以って、イギリスがEUから脱退した。
イギリス国内ではなおも賛否両論が起こっているが、メイ前首相辞任後、脱退推進派のジョンソン首相が着任して離脱が決定した。
とは言え、これで大陸側に完全に背を向けた訳ではなく、事実上「無期限」の交渉と移行期間が設けられていて、今後政治や経済上での調整が続けられる。
また脱退後も、政治的オブザーバーとしてイギリスの地位は残ることになっているが、経済上は完全にEUと一線を画することになる。
最も東西冷戦以後、EC(ヨーロッパ共同体)から現在のEU(ヨーロッパ連合)に変わった時点で、同体制は経済同盟である。
しかしその中核となるヨーロッパ共通通貨「ユーロ」をイギリスは批准しておらず、独自通貨「ポンド」を使い続けて来た。
以前より国力は衰えたとはいえ、かつての「大英帝国」の影響力は今なお強く、EU内では強力な発言力を持ってきた。
そのためか、脱退論が沸き起こった時も、大陸側での反応はさほど大きなものではなった。
特にイギリスの脱退を表向き「遺憾」としながら、陰でほくそ笑んでるのは「ユーロ」を最も多く保有するドイツとフランスだろう。
「連合」と言いながら、財布を同じくしないイギリスに、2国は何かと意見されることは間違いなく疎ましい存在と思っていたはずである。
イギリスの脱退で、いちいち口を挟まれることがなくなる訳で、脱退か残留か紛糾していた時期の両国はさぞかしイラついたことだろう。
このことでEUのリーダーは、ドイツとフランスが事実上握ることは確実である。
経済力と言う点ではドイツが一歩リードしており、フランスは歩調を揃える意味で経済力を向上させることは間違いない。
何よりも航空産業では、エアバス社が世界シェアの半分を占めており、両国にとっては主要産業の一つである。
関連会社や子会社、下請け企業なども含めれば、多数の企業が関わる複合企業体である。
そしてエアバスの本社が置かれるのがフランスであり、言うまでもなくフラッグキャリアは「エール・フランス」である。
エール・フランスは日本でも非常に馴染み深いエアラインであり、日本人が利用するヨーロッパ系エアラインでは、ドイツのルフトハンザと共に利用率が高いエアラインである。
フランスだけでなく、ヨーロッパ各国や北アフリカ方面へなどの利便性も高いエアラインとして、その評価は高い。

←(2枚方)エール・フランス長距離線の主力B777-300ER(ウィキペディア英語版より)
もちろんフランスでは最も老舗のエアラインで、創立は第二次大戦前の1933年(昭和8年)の事である。
当時国内にあった民間エアライン4社を合併し、国営エアラインとしたのが始まりである。
国営となったのは、当時フランスはイギリスと並んで世界中に植民地を保有していたからで、現地からの貴重な物資輸送はもちろん、国家戦略としてフランス人を早く確実に送り込む手段としてエアラインは重要な手段であった。
特にエネルギー資源が豊富なアフリカや中東諸国は、フランスにとって命綱の様な存在であったことから、本国との太いパイプが必須であった。
第二次大戦中、フランスは国土の2/3をナチス・ドイツに占領されたため、同社の運休は余儀なくされた。
機材や航空機メーカーはドイツに接収され、44年末もパリ解放時に機材はほとんど残っていなかった。
40年夏、ドイツはオランダ・ベルギーを占領すると、フランスに侵攻し、弱体だったフランス軍はすぐに敗走。
ドイツ軍はパリに近づき、ヒトラーは無条件降伏することでパリを守るか、徹底抗戦を望むか迫った。
フランス政府はパリを「無防備都市」を宣言することで、パリを戦火から守ったが、同時にヒトラーはかつてのナポレオンを模して凱旋門をくぐって入城、占領したのである。
パリには親ナチの傀儡政権が樹立されたが、パリを放棄・脱出した政府はイギリスで「亡命政府」を立ち上げ、連合国賭して戦いに臨んだ。

←(2枚)戦前使用された国産旅客機ポテ62と、戦後軍用機を払い下げられたC-47(ウィキペディア英語版より)
結果フランスは国土を一時失いながらも「戦勝国」としての権利を得たが、全てが失われ疲弊しており、英米からの大きな支援が必要だった。
エール・フランスも戦後すぐ運航を再開したが、新しい機材はなく、戦争で使われなくなった輸送機を払い下げてもらっての再開であった。
それでも国営エアラインだけあって復興は早く、50年代には長距離国際線の運航も開始した。
日本へは52年(昭和27年)、羽田に就航し、北欧のSASと並んで最も早く就航したヨーロッパ系エアラインの一つであった。
路線は「南回り」で、パリからテルアビブ、カラチ、フランス領インドシナのサイゴン(現ベトナム・ホーチミンシティ)までの路線を延長する形であった。
機材は初めて新機材として導入された、アメリカ製の高速レシプロ旅客機「ロッキード・コンステレーション」で、東京~パリは24時間以上かかっていた。
←52年日本に就航したスーパーコンステレーション(ウィキペディア英語版より)
50年代末にはボーイング707を導入して、長距離路線網を一気に拡大していた。
またフランスは飛行機の創始時代から、生産・開発をしていた航空大国であり、戦後もそのメンツをかけて国産機の開発を再開している。
戦前のメーカーは殆ど統廃合されたが、レシプロ機はもちろん、ジェット機も常にイギリスをライバル視していた。
「最初のジェット旅客機」の名誉こそ、「コメット」でイギリスに奪われたが、フランスの威信にかけて開発した「シュド210カラヴェル」は、小型旅客機として成功を収めた。
いきなり長距離機としてデビューし、大事故を頻発させた「コメット」を教訓に、域内線用として手堅く小型機としてまとめたカラヴェルは、「ヨーロッパ初の量産ジェット旅客機」と言う栄誉を手に入れることが出来た。

←(2枚)50~60年代の国産機、最も「醜い旅客機」ブレゲ763と「最も美しい旅客機」と言われたシュド・カラヴェル(ウィキペディア英語版より)
カラヴェルの成功で、同社の保有機は一気にジェット化が進み、国内線や近隣諸国へもジェット化された。
これはイギリスよりも早いペースであった。
一方長距離機材は国産・ヨーロッパ産にこだわらず、B707を大量に導入して経由便ながら世界に路線を拡大させた。
←60~70年代の主力となったB707-320(ウィキペディア英語版より)
近距離様にも、生産中止となったカラヴェルに変わり、ボーイング727・737を積極的に導入したが、国内・近距離国際線では第二のエアライン「エール・アンテール」があったため、エール・フランスは主に幹線を運航した。

←(2枚)80年代まで使われたB727-200とB737-200(ウィキペディア英語版より)
そのため70年代まで、同社のナローボディ機の運用は意外と少ない。
60年代になると、海外の植民地は次々と独立し、エール・フランスの国家戦略の意義は薄れたが、独立した国々との関係は深いままで、路線の多くは継承された。
同時に機材の進化で、なおも長距離飛行が可能となったことから、イギリスより旧植民地との繋がりは現在まで強いのが特徴である。
特にアフリカ方面では、そんなに需要があるのか?と思うほど、路線が多い。
←フランスの影響力を維持するのに貢献したB747-100(ウィキペディア英語版より)
60年代後半になると、フランスはイギリスと航空機開発を共同で行う事で、アメリカ製に対抗する政策を取り、最初で最後の超音速旅客機「コンコルド」を実用化させた事はあまりに有名な話だ。
開発には英仏双方の航空機メーカーが参加したが、実際には騒音や排気ガス、燃費の問題が山積みで、運航コストは最初から赤字であった。
エール・フランスには関係のない話とも言えたが、国営フラッグキャリアである以上関わらざるを得ず、「押しつけられた」ような形であった。
最もコンコルドの宣伝力は抜群で、政治家や資産家、芸能人などが喜んで利用し、全体の収益は増加した。
←ブランド力ではイギリスより上だった、エール・フランスのコンコルド(ウィキペディア英語版より)
70年代には西ドイツ(当時)に呼び掛けて、「エアバス社」を設立し、世界初の双発ワイドボディ機「A300」を開発。
もちろん同機のローンチカスタマーに名乗りを上げ、初号機はエール・フランスが受領した。
当初はセールスに伸び悩んだが、優れた経済性が注目され、逆にボーイングを刺激してB767の開発を促す事になる。
←エアバス初の旅客機A300。画像はごく初期生産型のB2-100型(ウィキペディア英語版より)
この時代の同社は、さすが国営だけあって機材の導入に熱心だっただけでなく、ありとあらゆる機材を「試す」かのように様々な機種を導入していた。
旅客機自体、多発機から双発機、経済性重視の分かれ目に差し掛かっていたが、同社はどんどん入れ替えを行っている。
先に書いたように、同社は当時から長距離国際線が非常に多い事が特徴だったため、国産・ヨーロッパ産を優先させつつアメリカ製も導入して行ったのである。
←10年以上日本線にも投入されたB747-200M(ウィキペディア英語版より)
90年代には同社の規模・成長はピークとなり、政府のテコ入れもあって国内エアラインの統合が開始された。
90年には、国際線特に旧植民地線を中心に運航していた「UTAフランス航空」を合併し、同社が運航していた南太平洋線や南米線、インド洋方面などがエール・フランスに移籍し、この時点で「六大州」(ヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカ、アフリカ、アジア、オセアニア)に路線を持つ世界唯一のエアラインとなった。


←(3枚)短期間だったが南太平洋線で日本に乗り入れていたUTAフランス航空のB737-300とDC-10-30。機材はエール・フランスに引き継がれた(ウィキペディア英語版より)
これは現在も変わっていない。
97年には国内線・近隣諸国線を運航していた「エール・アンテール」も統合し、事実上同社は完全なフラッグキャリアとして市場を独占することになった。
しかしその権勢は長続きせず、2000年代初頭の世界的航空不況に収益が落ち始めた。
最も同社だけのことではなく、ブリテッシュ・エアウェイズやルフトハンザも同様であり、フランスとしては同社を潰す事だけは避ける必要があった。
そこで政府は思い切って同社を民営化させることにし、同時に老舗ながら経営不振に陥っていたオランダのフラッグキャリア「KLM」と経営統合する協議に入った。
←97年にエール・フランスに統合されたエール・アンテールのA300(ウィキペディア英語版より)
既にベルギーのフラッグキャリア「サベナ」は持ちこたえられず倒産に追い込まれており、両社ともその煽りを受けつつあったのである。
04年、両社と両国政府の合意に至り、「エール・フランス=KLM」と言う持ち株会社が設立された。
両社自体は統合するのではなく、どちらも持ち株会社の系列子会社としてそれぞれ経営は存続され、ブランドもそのまま、社籍も同じフランスとオランダに置かれている。
代わりに機材の調達は、持ち株会社が発注し、両社に振り分けると言う手段が使えるようになって、経営コストが引き下げられた。
←コネクション便を運航するHOP!のCRJ1000(ウィキペディア英語版より)
現在エール・フランスは225機保有し、内外合わせて211都市に運航する、ヨーロッパ最大クラスのエアラインになっている。
傘下にはコネクション便を担当する「HOP!」を始め、シティジェット、KLMの子会社だったLCC大手のトランザビアやチャーターエアラインのVLMなどがあり、今やKLMと共に総合エアライングループに成長した。
少し遅れてブリティッシュ・エアウェイズとイベリア航空が統合した「IAGグループ」、ルフトハンザグループと、ヨーロッパはLCC以外では、この3巨頭体制になりつつある。
エール・フランスとKLMは航空同盟「スカイチーム」の主要メンバーだが、IAGグループは「ワンワールド」、ルフトハンザグループは「スターアライアンス」と、綺麗に勢力が分かれているのも特徴である。
←日本にも度々飛来している「スカイチーム」塗装のB777-300ER(ウィキペディア英語版より)
ヨーロッパでは他地域よりLCCの勢力が強く、それこそEU加盟国内ではどこからでも路線を開設できるため、フルサービスキャリアは連合を組むことで対抗している状況にある。
昨年エール・フランスは中期機材計画を公表し、2020年以降大きな動きが出ることになった。
同社最大にして、最も注目を浴びて来た10機保有するA380は22~23年ごろまでに全機退役する。
鳴り物入りとして導入された同機は、同社にとって自慢すべき「国産機」である。
エアバス機は、ワイドボディ機がフランスで、A320シリーズはドイツのハンブルグの他、中国とアメリカでも国内向けに工場を持って生産されているが、フランス国民はエアバス機を「フランス機」と言う認識が強いとされる。
少なくともA380やA350の最終組み立てとテスト、エアラインへの引き渡しは本社のあるトゥールーズで行われるため、同機は「国産機」であると考えられている。
しかし運航経費が高い事、運用できる空港が限られること、需要の上下に対応しにくい事を理由に挙げ、退役を決定した。
10機のうち半数がリース機なので、すでに返還と言う形で退役が開始されている。
長距離ワイドボディ機はB777-300ERとB787-9が主力になっているが、A380の後継機にはやはり「国産機」のA350-900が発注された。


←(3枚)退役が決まったA380と、後継機として19年末から導入が開始されたA350-900(©AIRBUS)
エアバス社の地元である以上、それに傾くのは当然なのだが、現在同社のフリートはボーイング製もある。
長距離機材の中心が上記の2種で、日本線でもすっかりお馴染みの機材である。
ただしナローボディ機に関しては、全てエアバス機であり、最小レアモデルA318から最大の321まで全て保有。運航しているのは世界で同社だけだ。
同じくエアバスのおひざ元であるドイツのルフトハンザもそうだが、B737シリーズは1機もない。
ルフトハンザは「737クラシック」を運用した経験があるが、エール・フランスは70年代に導入した「737オリジナル」の200型以外、737の運用は殆どなく、現行の「737NG」も1機も運用経験がない。

←(2枚)惜しまれつつ16年に退役したB747-400(ウィキペディア英語版より)
そういう意味ではかなり「自国至上主義」が表れているとも言えるが、かといってエアバス機全機種使った訳でもない。
歴代エアバスシリーズでは、A340-500/600だけ運用していない(A310は短期間運用したことがある)。
かと思うとA340-300が、まだ残っていたりして、同社のフリートはなかなか面白い。
A340は短胴型の200型も保有していたが、現在残る4機はいずれも300型である。
残念ながら間もなく退役が予定されているが、具体的な時期は不明。
同社は17年に、LCC「JOON」を設立。
若い人向けのLCCとして、リゾート路線を運航し、自社のA340をリースしてカリブ海方面などへ投入した。
しかし長距離路線であり、ヨーロッパでは既に複数のLCCが運航していることから利用率は芳しくなく、僅か1年で運休になってしまった。
A340はそのまま退役するかと思ったが、わざわざ塗装を変更してエール・フランス」に「出戻り」させている。
同機は主にカリブ海と南米路線に投入されているが、後継機のB787-9が充足した時点で退役する見込み。
それまではもう少しかかりそうで、最後の踏ん張りがみられそうである。


←(3枚)退役間近となったA340-300。2枚目はカリブ海セント・マーティン(サン・マルタン)に着陸するA340。下は「JOON」で運航されたA340(ウィキペディア英語版より)
フランスでも人気のカリブ海は、現在もマルティニークなどフランス領が残存しており、フランス身体と法律上「国内線」扱いだからバカンス先として人気が高い。
現地をベースとするエアラインやチャーターエアラインが多数運航されるが、エール・フランスも当然あちこちに路線を持つ。
バカンスシーズンはA340・330などのワイドボディ機が中心だが、近年にはA320が大西洋を越えて直行する。
A320は国内や近距離線の主力だが、大西洋を横断する機材は洋上飛行規制「ETOPS」をクリアした機材が専用で充当されている。

←(2枚)近距離だけでなく長距離線にも進出したA320(ウィキペディア英語版より)
サービスはA380・B777がファーストクラスを含む4クラス制、近距離線はビジネスクラスを含む2クラス、その他はプレミアムエコノミーを含む3クラスが基本で多彩だ。
ただしヨーロッパ域内・北アフリカ・中東方面のナローボディ機のキャビンは、実質「モノクラス」だ。
これはヨーロッパのエアラインでは一般的な方法で、ビジネスクラスは横3列の座席の中間席をクローズして2席使用にするもの。
←A318のキャビン(ウィキペディア英語版より)
もちろんミール・ドリンクはビジネスクラス専用が提供されるが、座席はエコノミーと共通である。
代わりに中間席に取り外し可能な大型アームレストが設置されたりするが、予約に応じてビジネスとエコノミークラスの増減が出来るメリットを持つ。
国内線でもきちんと専用の座席を設置する、日本やアメリカとは対照的だ。
ファンとして見逃せないのは、18機保有するA318だろうか。A320シリーズ最小の100席級として開発されたが、リージョナル機と被ってしまったことで69機が生産されただけのレア機、ベストセラーの同シリーズでは「ハズレ玉」である。


←(3枚)「ベイビーバス」と呼ばれる激レア機A318とA319(ウィキペディア英語版より)
他の319や320と区別されることなく運用されているが、座席数が少ないため需要に合わせた運用が組まれている。
エール・フランスは昨年、新型リージョナル機「A220-300」を60機と言う大量発注を行った。
同機はカナダ・ボンバルディア社が開発した「CS」シリーズだが、エアバス社との業務提携で「A220」として販売されている。
短胴型「CS100」が「A220-200」、長胴型「CS300」が「A220-300」になり混同しやすいので注意が必要だ。
同社はA318と319の代替えとしてA220を発注し、域内路線の主力に据える計画である。
←A318・319の後継機として60機発注したA220-300(©AIRBUS)
現在日本線にはB777-200/300ERとB787-9が就航していて、残念ながらA380は外れてしまった。
退役前にぜひ日本線に復活を望みたいところだが、逆に777と共に長距離線の主力となるA350の就航も期待したいところだ。
多客期や機材変更で、中型機のA330-200も良く飛来しているが、こちらは主に中東やアフリカ線専門の機材だ。


←(3枚)A330-200とA321(ウィキペディア英語版より)
同社の塗装は、実にシンプル。
白をベースにした赤・青の「トリコロール」は、もちろんフランス国旗をモチーフにしたものだ。
70年代末に登場して以来、基本的なデザインは40年間変わっていない。
09年にマイナーチェンジがあり、胴体のロゴと尾翼のデザインが変更された。
ロゴは分かりやすいが、尾翼のマークも替えられたことは意外と気付きにくい。
赤と青に入りこむ白線が4本から3本に減り、下部が少し曲線を描くように変更されている。
一見気付きにくいと言うのがミソで、さすがフランスのエアラインと言わざるを得ない。
デザイン意匠は全く変わっていないのに、いつの間にか現代風に変更され「言われてみれば」的な変更なのだ。
実に巧妙なマイナーチェンジで、憎い演出と言わざるを得ない。
本当にシンプルなのだが飽きが来ず、上品なのだ。
これはKLMとの統合で変更されたもので、機材は順次変更された他、機種には「AIR FRACE=KLM」の文字が記入されるようになった。
キャビンサービスはもちろん折り紙つき、ハイクオリティ。
上級クラスでは三つ星レストランのシェフが監修したフルコースが提供されるし、全クラス無料はもちろん、フランスワインのラインナップも豊富である。


←(3枚)日本線に投入されるB787-9とB777-200ER(ウィキペディア英語版より)
今世界の共通語と言えば英語であるが、実は英語が純粋なネイティブとして公用語になっている国は殆どないのをご存じだろうか。
英語が通用しやすいのは、かつて世界中に植民地を持っていたイギリスと、現代アメリカの影響が大きいからだ。
しかしとうのイギリスもアメリカも、純粋な意味では英語は公用語の「一つ」に過ぎず、オール英語と言う国は基本的に存在しないのだ。
アメリカなどスペイン語が公用語でもあり、ラテン系国民が増加中で、将来的にはスペイン語人口が英語人口を上回るとまで言われている。
本来「英語万能論」はまやかしとも言えるのであり、国際機関などでは実はフランス語の方が通用度が高い場合が多いのである。
フランスは政治的にもしたたかな外交を続ける国であり、文化と言う点でも世界に与えた影響は大きい。
先に書いたように、エール・フランスが「六大州」に路線を持つのも、フランスの外交政策の賜物とも言えるのだ。
言いかえれば、同社を使えば世界中どこへでも行ける・・と言う事になるのだ。
それは政治的イデオロギーを差し置いてでも、フランス独自の外交策が成功していると言う事でもある。
日本ではどうしても米英寄りに考えてしまうが、世界的にはフランスの影響力も充分強いのである。



←(4枚)ビジネスクラスのミールと、ファースト・プレミアムエコノミー・エコノミークラスのキャビン(ウィキペディア英語版より)
世界で最も話者が多いのは中国語と言われるが、それは中国の人口が多いだけだ。海外での中国語はコミュニティだけで、言語としては少数派である。
広域と言う点ではスペイン語が最も多く使われるが、フランス語はアフリカ、中東、アジア、太平洋地域と正にグローバルな言語でもある。
それを維持する一役を、エール・フランスが担っていると言っても良いのだ。
そして機材は意外と実質的で、地元とは言えA320neoシリーズは現時点で発注していない。
いずれ動きがあると思われるが、見た目よりも中身重視と言う慎重さが窺える。
A380を思い切って退役させるのも、「フランス至上主義」と言いながらも、質素で実用性を重視した結果だと言える。
日本ではフランス人と言うとおしゃれで上品、と言うイメージが強いが、実際には質素な人が多い。食事も普段は非常にシンプルで、クロワッサンは高級品で普段は安いバゲットを食べる。
贅沢と普段の質素を、上手に使い分けできるということなのだろうか。
なんでもお金をかけて楽で便利・・と言う生活に慣れている日本人には、ちょっと見習うべき部分もあるのではないか。
エール・フランスを見ても、実はそういうフランスらしいやり方が、どこか垣間見えてくる様に思えるのである。
なお「エール・フランス」はフランス語読みで、英語では「エア・フランス」である。
だが日本支社では「エール・フランス」を用いており、世界でもこれが主流だ。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
寒さは大丈夫ですか?
今日は少し暖かい1日でしたが、今週はこの時期らしい寒さがやって来そうです。
無意識に身体に負担がかかる可能性があるので、体調管理には充分注意して下さい。
疲れや睡眠不足、水分不足も体調不良の引き金になりますので気をつけて下さい。
この冬、君はどんな過ごし方をしているのでしょう。
冬になると、君はいつも暖かそうなマフラーをしていたことが思い出されます。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
沫雪の このころ続ぎて かくふれば 梅の初花 散りか過ぎなむ(万葉集巻八 1651 大伴坂上郎女)
暦の上では、今日で冬はおしまい。明日から「春」。
北で前線を伴った低気圧が通過し、それに向かって南風が吹いたため気温が上がった。
仙台は午後を中心に気温が上がり、二桁になり、「立春」を肌で感じる暖かさに。
最もこれは天気の「気まぐれ」であり、明日からは寒気が流入。居座る予定で、この時期本来の寒さが到来すると言う。
特に水曜日以降、寒気は強くなり日本海側や北海道では雪が降りやすく、仙台も氷点下の寒さになると言う。
今日が12℃だったが、木曜頃は最高気温2℃なんて予報が出ている。
これでは体調が追い付かないこと必至で、騒ぎもあり充分注意が必要だ。
メディアは相変わらず新型肺炎の拡大を報じているが、医療関係者は必要以上に騒ぐことは得策ではないと警告している。
中国では連日死者が出ているが、殆どが持病を持っていての合併症だったり、抵抗力の低い人がほとんどだと言う。
いかにも厳戒の体制を敷いているように報じられているが、行き届いていない地域の方が圧倒的に多く、症状が悪化する人が多いらしい。
日本であれば小さな子供や高齢者が気をつければ、大丈夫だとする医療関係者が多い。
比較すべきではないのかも知れないが、インフルエンザの方がよほど危険で、毎年1,000人以上が死亡しているという事実がある。
今のところ日本人での死者、重篤な状態になった人はおらず、必要以上に怖がることは愚かと言えるかも知れない。
SNSの根拠のない噂に惑わされることも厳禁であり、情報が知りたければ行政や厚労省のウェブを見るなり問い合わせする方が良いだろう。
私も昨日あたりから、喉と鼻が・・・まさか?
もちろんそんな訳ない。ここしばらく人と接したことがないのだから。
飛行機ネタ。
2月1日0時を以って、イギリスがEUから脱退した。
イギリス国内ではなおも賛否両論が起こっているが、メイ前首相辞任後、脱退推進派のジョンソン首相が着任して離脱が決定した。
とは言え、これで大陸側に完全に背を向けた訳ではなく、事実上「無期限」の交渉と移行期間が設けられていて、今後政治や経済上での調整が続けられる。
また脱退後も、政治的オブザーバーとしてイギリスの地位は残ることになっているが、経済上は完全にEUと一線を画することになる。
最も東西冷戦以後、EC(ヨーロッパ共同体)から現在のEU(ヨーロッパ連合)に変わった時点で、同体制は経済同盟である。
しかしその中核となるヨーロッパ共通通貨「ユーロ」をイギリスは批准しておらず、独自通貨「ポンド」を使い続けて来た。
以前より国力は衰えたとはいえ、かつての「大英帝国」の影響力は今なお強く、EU内では強力な発言力を持ってきた。
そのためか、脱退論が沸き起こった時も、大陸側での反応はさほど大きなものではなった。
特にイギリスの脱退を表向き「遺憾」としながら、陰でほくそ笑んでるのは「ユーロ」を最も多く保有するドイツとフランスだろう。
「連合」と言いながら、財布を同じくしないイギリスに、2国は何かと意見されることは間違いなく疎ましい存在と思っていたはずである。
イギリスの脱退で、いちいち口を挟まれることがなくなる訳で、脱退か残留か紛糾していた時期の両国はさぞかしイラついたことだろう。
このことでEUのリーダーは、ドイツとフランスが事実上握ることは確実である。
経済力と言う点ではドイツが一歩リードしており、フランスは歩調を揃える意味で経済力を向上させることは間違いない。
何よりも航空産業では、エアバス社が世界シェアの半分を占めており、両国にとっては主要産業の一つである。
関連会社や子会社、下請け企業なども含めれば、多数の企業が関わる複合企業体である。
そしてエアバスの本社が置かれるのがフランスであり、言うまでもなくフラッグキャリアは「エール・フランス」である。
エール・フランスは日本でも非常に馴染み深いエアラインであり、日本人が利用するヨーロッパ系エアラインでは、ドイツのルフトハンザと共に利用率が高いエアラインである。
フランスだけでなく、ヨーロッパ各国や北アフリカ方面へなどの利便性も高いエアラインとして、その評価は高い。
もちろんフランスでは最も老舗のエアラインで、創立は第二次大戦前の1933年(昭和8年)の事である。
当時国内にあった民間エアライン4社を合併し、国営エアラインとしたのが始まりである。
国営となったのは、当時フランスはイギリスと並んで世界中に植民地を保有していたからで、現地からの貴重な物資輸送はもちろん、国家戦略としてフランス人を早く確実に送り込む手段としてエアラインは重要な手段であった。
特にエネルギー資源が豊富なアフリカや中東諸国は、フランスにとって命綱の様な存在であったことから、本国との太いパイプが必須であった。
第二次大戦中、フランスは国土の2/3をナチス・ドイツに占領されたため、同社の運休は余儀なくされた。
機材や航空機メーカーはドイツに接収され、44年末もパリ解放時に機材はほとんど残っていなかった。
40年夏、ドイツはオランダ・ベルギーを占領すると、フランスに侵攻し、弱体だったフランス軍はすぐに敗走。
ドイツ軍はパリに近づき、ヒトラーは無条件降伏することでパリを守るか、徹底抗戦を望むか迫った。
フランス政府はパリを「無防備都市」を宣言することで、パリを戦火から守ったが、同時にヒトラーはかつてのナポレオンを模して凱旋門をくぐって入城、占領したのである。
パリには親ナチの傀儡政権が樹立されたが、パリを放棄・脱出した政府はイギリスで「亡命政府」を立ち上げ、連合国賭して戦いに臨んだ。
結果フランスは国土を一時失いながらも「戦勝国」としての権利を得たが、全てが失われ疲弊しており、英米からの大きな支援が必要だった。
エール・フランスも戦後すぐ運航を再開したが、新しい機材はなく、戦争で使われなくなった輸送機を払い下げてもらっての再開であった。
それでも国営エアラインだけあって復興は早く、50年代には長距離国際線の運航も開始した。
日本へは52年(昭和27年)、羽田に就航し、北欧のSASと並んで最も早く就航したヨーロッパ系エアラインの一つであった。
路線は「南回り」で、パリからテルアビブ、カラチ、フランス領インドシナのサイゴン(現ベトナム・ホーチミンシティ)までの路線を延長する形であった。
機材は初めて新機材として導入された、アメリカ製の高速レシプロ旅客機「ロッキード・コンステレーション」で、東京~パリは24時間以上かかっていた。
50年代末にはボーイング707を導入して、長距離路線網を一気に拡大していた。
またフランスは飛行機の創始時代から、生産・開発をしていた航空大国であり、戦後もそのメンツをかけて国産機の開発を再開している。
戦前のメーカーは殆ど統廃合されたが、レシプロ機はもちろん、ジェット機も常にイギリスをライバル視していた。
「最初のジェット旅客機」の名誉こそ、「コメット」でイギリスに奪われたが、フランスの威信にかけて開発した「シュド210カラヴェル」は、小型旅客機として成功を収めた。
いきなり長距離機としてデビューし、大事故を頻発させた「コメット」を教訓に、域内線用として手堅く小型機としてまとめたカラヴェルは、「ヨーロッパ初の量産ジェット旅客機」と言う栄誉を手に入れることが出来た。
カラヴェルの成功で、同社の保有機は一気にジェット化が進み、国内線や近隣諸国へもジェット化された。
これはイギリスよりも早いペースであった。
一方長距離機材は国産・ヨーロッパ産にこだわらず、B707を大量に導入して経由便ながら世界に路線を拡大させた。
近距離様にも、生産中止となったカラヴェルに変わり、ボーイング727・737を積極的に導入したが、国内・近距離国際線では第二のエアライン「エール・アンテール」があったため、エール・フランスは主に幹線を運航した。
そのため70年代まで、同社のナローボディ機の運用は意外と少ない。
60年代になると、海外の植民地は次々と独立し、エール・フランスの国家戦略の意義は薄れたが、独立した国々との関係は深いままで、路線の多くは継承された。
同時に機材の進化で、なおも長距離飛行が可能となったことから、イギリスより旧植民地との繋がりは現在まで強いのが特徴である。
特にアフリカ方面では、そんなに需要があるのか?と思うほど、路線が多い。
60年代後半になると、フランスはイギリスと航空機開発を共同で行う事で、アメリカ製に対抗する政策を取り、最初で最後の超音速旅客機「コンコルド」を実用化させた事はあまりに有名な話だ。
開発には英仏双方の航空機メーカーが参加したが、実際には騒音や排気ガス、燃費の問題が山積みで、運航コストは最初から赤字であった。
エール・フランスには関係のない話とも言えたが、国営フラッグキャリアである以上関わらざるを得ず、「押しつけられた」ような形であった。
最もコンコルドの宣伝力は抜群で、政治家や資産家、芸能人などが喜んで利用し、全体の収益は増加した。
70年代には西ドイツ(当時)に呼び掛けて、「エアバス社」を設立し、世界初の双発ワイドボディ機「A300」を開発。
もちろん同機のローンチカスタマーに名乗りを上げ、初号機はエール・フランスが受領した。
当初はセールスに伸び悩んだが、優れた経済性が注目され、逆にボーイングを刺激してB767の開発を促す事になる。
この時代の同社は、さすが国営だけあって機材の導入に熱心だっただけでなく、ありとあらゆる機材を「試す」かのように様々な機種を導入していた。
旅客機自体、多発機から双発機、経済性重視の分かれ目に差し掛かっていたが、同社はどんどん入れ替えを行っている。
先に書いたように、同社は当時から長距離国際線が非常に多い事が特徴だったため、国産・ヨーロッパ産を優先させつつアメリカ製も導入して行ったのである。
90年代には同社の規模・成長はピークとなり、政府のテコ入れもあって国内エアラインの統合が開始された。
90年には、国際線特に旧植民地線を中心に運航していた「UTAフランス航空」を合併し、同社が運航していた南太平洋線や南米線、インド洋方面などがエール・フランスに移籍し、この時点で「六大州」(ヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカ、アフリカ、アジア、オセアニア)に路線を持つ世界唯一のエアラインとなった。
これは現在も変わっていない。
97年には国内線・近隣諸国線を運航していた「エール・アンテール」も統合し、事実上同社は完全なフラッグキャリアとして市場を独占することになった。
しかしその権勢は長続きせず、2000年代初頭の世界的航空不況に収益が落ち始めた。
最も同社だけのことではなく、ブリテッシュ・エアウェイズやルフトハンザも同様であり、フランスとしては同社を潰す事だけは避ける必要があった。
そこで政府は思い切って同社を民営化させることにし、同時に老舗ながら経営不振に陥っていたオランダのフラッグキャリア「KLM」と経営統合する協議に入った。
既にベルギーのフラッグキャリア「サベナ」は持ちこたえられず倒産に追い込まれており、両社ともその煽りを受けつつあったのである。
04年、両社と両国政府の合意に至り、「エール・フランス=KLM」と言う持ち株会社が設立された。
両社自体は統合するのではなく、どちらも持ち株会社の系列子会社としてそれぞれ経営は存続され、ブランドもそのまま、社籍も同じフランスとオランダに置かれている。
代わりに機材の調達は、持ち株会社が発注し、両社に振り分けると言う手段が使えるようになって、経営コストが引き下げられた。
現在エール・フランスは225機保有し、内外合わせて211都市に運航する、ヨーロッパ最大クラスのエアラインになっている。
傘下にはコネクション便を担当する「HOP!」を始め、シティジェット、KLMの子会社だったLCC大手のトランザビアやチャーターエアラインのVLMなどがあり、今やKLMと共に総合エアライングループに成長した。
少し遅れてブリティッシュ・エアウェイズとイベリア航空が統合した「IAGグループ」、ルフトハンザグループと、ヨーロッパはLCC以外では、この3巨頭体制になりつつある。
エール・フランスとKLMは航空同盟「スカイチーム」の主要メンバーだが、IAGグループは「ワンワールド」、ルフトハンザグループは「スターアライアンス」と、綺麗に勢力が分かれているのも特徴である。
ヨーロッパでは他地域よりLCCの勢力が強く、それこそEU加盟国内ではどこからでも路線を開設できるため、フルサービスキャリアは連合を組むことで対抗している状況にある。
昨年エール・フランスは中期機材計画を公表し、2020年以降大きな動きが出ることになった。
同社最大にして、最も注目を浴びて来た10機保有するA380は22~23年ごろまでに全機退役する。
鳴り物入りとして導入された同機は、同社にとって自慢すべき「国産機」である。
エアバス機は、ワイドボディ機がフランスで、A320シリーズはドイツのハンブルグの他、中国とアメリカでも国内向けに工場を持って生産されているが、フランス国民はエアバス機を「フランス機」と言う認識が強いとされる。
少なくともA380やA350の最終組み立てとテスト、エアラインへの引き渡しは本社のあるトゥールーズで行われるため、同機は「国産機」であると考えられている。
しかし運航経費が高い事、運用できる空港が限られること、需要の上下に対応しにくい事を理由に挙げ、退役を決定した。
10機のうち半数がリース機なので、すでに返還と言う形で退役が開始されている。
長距離ワイドボディ機はB777-300ERとB787-9が主力になっているが、A380の後継機にはやはり「国産機」のA350-900が発注された。
エアバス社の地元である以上、それに傾くのは当然なのだが、現在同社のフリートはボーイング製もある。
長距離機材の中心が上記の2種で、日本線でもすっかりお馴染みの機材である。
ただしナローボディ機に関しては、全てエアバス機であり、最小レアモデルA318から最大の321まで全て保有。運航しているのは世界で同社だけだ。
同じくエアバスのおひざ元であるドイツのルフトハンザもそうだが、B737シリーズは1機もない。
ルフトハンザは「737クラシック」を運用した経験があるが、エール・フランスは70年代に導入した「737オリジナル」の200型以外、737の運用は殆どなく、現行の「737NG」も1機も運用経験がない。
そういう意味ではかなり「自国至上主義」が表れているとも言えるが、かといってエアバス機全機種使った訳でもない。
歴代エアバスシリーズでは、A340-500/600だけ運用していない(A310は短期間運用したことがある)。
かと思うとA340-300が、まだ残っていたりして、同社のフリートはなかなか面白い。
A340は短胴型の200型も保有していたが、現在残る4機はいずれも300型である。
残念ながら間もなく退役が予定されているが、具体的な時期は不明。
同社は17年に、LCC「JOON」を設立。
若い人向けのLCCとして、リゾート路線を運航し、自社のA340をリースしてカリブ海方面などへ投入した。
しかし長距離路線であり、ヨーロッパでは既に複数のLCCが運航していることから利用率は芳しくなく、僅か1年で運休になってしまった。
A340はそのまま退役するかと思ったが、わざわざ塗装を変更してエール・フランス」に「出戻り」させている。
同機は主にカリブ海と南米路線に投入されているが、後継機のB787-9が充足した時点で退役する見込み。
それまではもう少しかかりそうで、最後の踏ん張りがみられそうである。
フランスでも人気のカリブ海は、現在もマルティニークなどフランス領が残存しており、フランス身体と法律上「国内線」扱いだからバカンス先として人気が高い。
現地をベースとするエアラインやチャーターエアラインが多数運航されるが、エール・フランスも当然あちこちに路線を持つ。
バカンスシーズンはA340・330などのワイドボディ機が中心だが、近年にはA320が大西洋を越えて直行する。
A320は国内や近距離線の主力だが、大西洋を横断する機材は洋上飛行規制「ETOPS」をクリアした機材が専用で充当されている。
サービスはA380・B777がファーストクラスを含む4クラス制、近距離線はビジネスクラスを含む2クラス、その他はプレミアムエコノミーを含む3クラスが基本で多彩だ。
ただしヨーロッパ域内・北アフリカ・中東方面のナローボディ機のキャビンは、実質「モノクラス」だ。
これはヨーロッパのエアラインでは一般的な方法で、ビジネスクラスは横3列の座席の中間席をクローズして2席使用にするもの。
もちろんミール・ドリンクはビジネスクラス専用が提供されるが、座席はエコノミーと共通である。
代わりに中間席に取り外し可能な大型アームレストが設置されたりするが、予約に応じてビジネスとエコノミークラスの増減が出来るメリットを持つ。
国内線でもきちんと専用の座席を設置する、日本やアメリカとは対照的だ。
ファンとして見逃せないのは、18機保有するA318だろうか。A320シリーズ最小の100席級として開発されたが、リージョナル機と被ってしまったことで69機が生産されただけのレア機、ベストセラーの同シリーズでは「ハズレ玉」である。
他の319や320と区別されることなく運用されているが、座席数が少ないため需要に合わせた運用が組まれている。
エール・フランスは昨年、新型リージョナル機「A220-300」を60機と言う大量発注を行った。
同機はカナダ・ボンバルディア社が開発した「CS」シリーズだが、エアバス社との業務提携で「A220」として販売されている。
短胴型「CS100」が「A220-200」、長胴型「CS300」が「A220-300」になり混同しやすいので注意が必要だ。
同社はA318と319の代替えとしてA220を発注し、域内路線の主力に据える計画である。
現在日本線にはB777-200/300ERとB787-9が就航していて、残念ながらA380は外れてしまった。
退役前にぜひ日本線に復活を望みたいところだが、逆に777と共に長距離線の主力となるA350の就航も期待したいところだ。
多客期や機材変更で、中型機のA330-200も良く飛来しているが、こちらは主に中東やアフリカ線専門の機材だ。
同社の塗装は、実にシンプル。
白をベースにした赤・青の「トリコロール」は、もちろんフランス国旗をモチーフにしたものだ。
70年代末に登場して以来、基本的なデザインは40年間変わっていない。
09年にマイナーチェンジがあり、胴体のロゴと尾翼のデザインが変更された。
ロゴは分かりやすいが、尾翼のマークも替えられたことは意外と気付きにくい。
赤と青に入りこむ白線が4本から3本に減り、下部が少し曲線を描くように変更されている。
一見気付きにくいと言うのがミソで、さすがフランスのエアラインと言わざるを得ない。
デザイン意匠は全く変わっていないのに、いつの間にか現代風に変更され「言われてみれば」的な変更なのだ。
実に巧妙なマイナーチェンジで、憎い演出と言わざるを得ない。
本当にシンプルなのだが飽きが来ず、上品なのだ。
これはKLMとの統合で変更されたもので、機材は順次変更された他、機種には「AIR FRACE=KLM」の文字が記入されるようになった。
キャビンサービスはもちろん折り紙つき、ハイクオリティ。
上級クラスでは三つ星レストランのシェフが監修したフルコースが提供されるし、全クラス無料はもちろん、フランスワインのラインナップも豊富である。
今世界の共通語と言えば英語であるが、実は英語が純粋なネイティブとして公用語になっている国は殆どないのをご存じだろうか。
英語が通用しやすいのは、かつて世界中に植民地を持っていたイギリスと、現代アメリカの影響が大きいからだ。
しかしとうのイギリスもアメリカも、純粋な意味では英語は公用語の「一つ」に過ぎず、オール英語と言う国は基本的に存在しないのだ。
アメリカなどスペイン語が公用語でもあり、ラテン系国民が増加中で、将来的にはスペイン語人口が英語人口を上回るとまで言われている。
本来「英語万能論」はまやかしとも言えるのであり、国際機関などでは実はフランス語の方が通用度が高い場合が多いのである。
フランスは政治的にもしたたかな外交を続ける国であり、文化と言う点でも世界に与えた影響は大きい。
先に書いたように、エール・フランスが「六大州」に路線を持つのも、フランスの外交政策の賜物とも言えるのだ。
言いかえれば、同社を使えば世界中どこへでも行ける・・と言う事になるのだ。
それは政治的イデオロギーを差し置いてでも、フランス独自の外交策が成功していると言う事でもある。
日本ではどうしても米英寄りに考えてしまうが、世界的にはフランスの影響力も充分強いのである。
世界で最も話者が多いのは中国語と言われるが、それは中国の人口が多いだけだ。海外での中国語はコミュニティだけで、言語としては少数派である。
広域と言う点ではスペイン語が最も多く使われるが、フランス語はアフリカ、中東、アジア、太平洋地域と正にグローバルな言語でもある。
それを維持する一役を、エール・フランスが担っていると言っても良いのだ。
そして機材は意外と実質的で、地元とは言えA320neoシリーズは現時点で発注していない。
いずれ動きがあると思われるが、見た目よりも中身重視と言う慎重さが窺える。
A380を思い切って退役させるのも、「フランス至上主義」と言いながらも、質素で実用性を重視した結果だと言える。
日本ではフランス人と言うとおしゃれで上品、と言うイメージが強いが、実際には質素な人が多い。食事も普段は非常にシンプルで、クロワッサンは高級品で普段は安いバゲットを食べる。
贅沢と普段の質素を、上手に使い分けできるということなのだろうか。
なんでもお金をかけて楽で便利・・と言う生活に慣れている日本人には、ちょっと見習うべき部分もあるのではないか。
エール・フランスを見ても、実はそういうフランスらしいやり方が、どこか垣間見えてくる様に思えるのである。
なお「エール・フランス」はフランス語読みで、英語では「エア・フランス」である。
だが日本支社では「エール・フランス」を用いており、世界でもこれが主流だ。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
寒さは大丈夫ですか?
今日は少し暖かい1日でしたが、今週はこの時期らしい寒さがやって来そうです。
無意識に身体に負担がかかる可能性があるので、体調管理には充分注意して下さい。
疲れや睡眠不足、水分不足も体調不良の引き金になりますので気をつけて下さい。
この冬、君はどんな過ごし方をしているのでしょう。
冬になると、君はいつも暖かそうなマフラーをしていたことが思い出されます。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
沫雪の このころ続ぎて かくふれば 梅の初花 散りか過ぎなむ(万葉集巻八 1651 大伴坂上郎女)
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