飛行機ネタ ワルツの様に優雅に・・オーストリア航空(6月30日 雨時々止む 20℃)
いつもの日曜日なら、早朝からご近所はお出かけの準備でドタンバタンしているのに、今日はシンとしたまま。
変わり映えしないどっぷり梅雨空。
梅雨前線が停滞する西日本では、降り始めから200ミリ以上を記録し、川が氾濫した地域も。
雨は少なくとも水曜日頃まで続きそうで、災害に警戒が呼びかけられている。
仙台では土砂降りになることはないものの、終日降った止んだりを繰り返す。
気温も上がらず湿気寒いままで、洗濯物も今日中に乾くのは当然諦め。
夏の良いところは、洗濯物があっという間に乾く事「ぐらい」なのだけど、今日のコンディションは最悪だ。
せっかくの週末もこれではテンションを上げたくても上げられず、家でゴロゴロ・・で終わった人も多いのでは?
でも何だか納得しない、釈然としない週末になってしまったことは確かだ。
季節として仕方ないのだけれど、ここ数年「カラ梅雨」気味だった事が多かったから、じっとり梅雨はちょっと面喰らう。
特に九州南部では、48時間以上も土砂降りが続いていて、気象庁が新しく設定した避難情報の「レベル4」が出されている。
今のところまだ大きな被害は出ていないが、川の氾濫や冠水は広がっている。
近年この時期になると起きる洪水災害。
行政やメディアは危機管理として、情報収集と躊躇しない避難を呼び掛けているが、危険な場所が分かっていて、なぜ治水を徹底しないのかと思う。
本末転倒な事で、昨年も上流のダムが満水になって止むなく「放流」。下流の地域が洪水被害を受けたことがあった。
これなど正に「万が一の予想」はつくはずで、相変わらず「想定外だった」と言い訳する。
今はコンピューターで様々な予測・シュミレーションが可能なのだから、避難云々より治水工事をなぜ行わないのか疑問だ。
結果「政治と金」に行きつくと言う事だろうが、万が一にお金を使う事を躊躇する政治家や行政を放っておいてよろしいのか、と言いたい。
飛行機ネタ。
文字にしてしまうと間違えやすい「オーストラリア」と「オーストリア」。
英語つづりにしても「Australia」「Austria」と、実に紛らわしい。
一瞬「どっちがどっち?」なんて、迷う事もあるかも知れない。
ここで取り上げるのは「オーストリア」の方で、ヨーロッパの真ん中にある小国である。
なぜこんなに通った名前になったのかと言うと、「オーストラリア」はラテン語の「南の国」を意味する「オストラル」が起源である。
一方「オーストリア」は、ドイツ語の「Österreich」('エ'と'オ'の中間のような発音)からついた名前である。
何年か前紛らわしいことから、在日オーストリア大使館が英語の発音に近い「オーストリー」に変更して欲しいと政府に呼びかけ、日本側もそれに応じたが、すでに半世紀以上書物や教科書などは「オーストリア」になっていることから、強制的変更はなかった。
どうでもいいわ・・・なのだけど、両国は地球の反対側に位置するほど遠く離れた国同士であり、何の共通性もないので、混同されるのは不愉快と言う気持ちは分からなくもない。
オーストリアの面積は約8.3まmm平方キロで、北海道とほぼ同じ。
人口は約850万人、首都ウィーンは都市圏人口で約200万の同国最大の都市である。
オーストリアと言えば、13世紀に始まったヨーロッパ最大の王家「ハプスブルグ家」のおひざ元として有名であり、「オーストリア帝国」は20世紀初頭までの600年以上君臨した。
同一王家・国家と言う点では、ヨーロッパでは最も長い王朝国家であった。
特に17世紀以降、カトリック教皇の力が衰えると、ヨーロッパは各地の領主・王家が分割支配する時代を迎える。
ハプスブルグ家は、各国の王家と姻戚関係を結ぶことで「本家」の位置を固め、やがて「オーストリア・ハンガリー2重帝国」と言う、極めて特殊で曖昧な巨大帝国を形成した。
その影響力はロシアや、オスマン帝国まで及び、首都のウィーンは正に帝国、そしてヨーロッパ世界の「中心」であった。
そうした状況から、同国は近代の先進文化が多く集まる場所となり、18世紀から19世紀にかけては多くの文化や芸術が発展した。
モーツァルト、ハイドン、シュトラウスと言った音楽家は「宮廷音楽家」として重用され、同国の文化発展に大きく寄与したほか、化学や医学、哲学や文学など、あらゆる分野に置いて現代に繋がる基礎を築いた帝国であった。
だが19世紀初頭にフランスのナポレオンが、言わば軍事政治を台頭させて戦火を広げた後に敷かれた「ウィーン体制は、王族同士の保身だけの体制に戻すことになり、国民の不満は各地で高まって行った。
第一次大戦で同国は多くの領土を失い、現在の形になって共和制を敷いたが、今度は30年代にヒトラー率いるナチス・ドイツに占領された。
ヒトラー自身、元々ウィーン出身のドイツ人で、権力を握って最初に行ったのが「オーストリア併合」である。
現在は「占領」とされているが、生まれ故郷のオーストリアをドイツと一体化する事に、ヒトラーは何の疑問も持っていなかったし、むしろオーストリアのため・・と思っていたと言う。
オーストリアの公用語はドイツ語で、国民も「ドイツ系」が大半である。
しかし戦後連合国は「ドイツ」の一部だった同国を占領・共同管理地に置いたのだが、市民は「ドイツ人」なのか「オーストリア人」なのかで揉めた。
即ち「ドイツ人」であり、その国家であればドイツ本国と同じく「敗戦国」扱いになるし、そうでなければ「解放区」と言う扱いになる。
結局ヒトラーの「併合」は「侵略」であることと認定し、オーストリアは「解放区」とされた。
同時に国民は「オーストリア人」であって、「ドイツ人」ではないことにされたのである。
この感覚は今も続いており、「ドイツ人」をドイツ語を話し文化的な「民族」なのか、法的な措置に寄る「国籍」で言うのか、日本人には理解の難しい一面がある。
人類学的には「ドイツ人」であるはずだが、文化的には似ていても「オーストリア人」であってドイツ人ではない・・と言うのが認識なのだそうだ。
こうした背景から、戦後復興は遅れ、主権を取り戻したのは55年のことであった。
日本より2年も遅れたのは、ドイツと同格なのかどうかで米英仏とソ連が駆け引き下からであり、独立後の新生「オーストリア共和国」は、政治的に一切同盟に属さない「永世中立国」になった。
57年に設立されたのがフラッグキャリア「オーストリア航空」で、現在も同国最大のエアラインになっている。
オーストリアは隣国スイスと同じく、永世中立国であると同時にヨーロッパアルプスの真ん中に位置する内陸国である。
首都ウィーンのある東部はヨーロッパ大平原の端に位置するため、市内を大河のドナウ川が流れる。
山がちの国のため、公共交通は早くから整備されているが、主体は鉄道と道路である。
この辺は「ドイツ系」の強みだろうか、20世紀初頭から最新技術が持ちこまれ発達した。
一方航空は山の天候に左右されやすいことから、主に海外向けに運航されてきた。
国内は現在も空港は数か所と少なく、国内移動は鉄道と高速道路の方が便利で確実。
↑(2枚)日本にも就航するオーストリア航空最大機材B777-200ER(ウィキペディア英語版より)
そのためフラッグキャリアとしては小ぶりなエアラインであったが、現在は航空同盟「スターアライアンス」に加盟。82機保有し、130都市に就航する。
冷戦終結後、旧東ヨーロッパを「中央ヨーロッパ」と変更し、位置的にオーストリアも「中欧」に含まれることが多いが、その中では最も大きなエアラインに成長した。
日本へは89年にA310で初就航、当初はモスクワ経由で運航されていた。
94年には関空線も開設し、機材もA330-200/A340-200に拡大された。
関空線は運休になったが、その枠を成田線に集約し、利便性を高め、機材もB777に変更したが、16年に日本の経済不振を理由に運休。
東京行きは「香港便」に振り分けられた。しかし直後に香港経済の方が低落し始め、昨年日本線に復活を果たしている。
オーストリアは冷戦時代、永世中立国と言う事とハンガリーやチェコなど「東欧」と国境を接していたことで「窓口」としての役割を持っていた。
冷戦終結後もその役割は続き、東欧路線が充実していたエアラインとしても知られていた。
↑日本線に最初に投入されたA310-300(ウィキペディア英語版より)
同社が変貌を遂げたのは90年代末、ライバルであり当時同社より規模が大きかった民営エアライン「ラウダ航空」を傘下に置いた時からである。
ラウダ航空は70年代、F1ドライバーのチャンピオンだった「ニキ・ラウダ」が設立したエアライン。
85年に設立され、バンコク経由シドニー線など、オーストリア初の長距離路線を運航し、成長を遂げていた。
しかし91年にバンコク便のB767が、巡航中突然「リバーサ(逆噴射装置)」が故障して空中で作動し、墜落すると言う事故を起こし、以降業績が悪化。
CEOだったニキ・ラウダは、ラウダ航空の経営権をオーストリア航空に譲渡した(自身はニキ航空と言う、新たなエアラインを設立した)。
↑ラウダ航空のB777-200ER(ウィキペディア英語版より)
傘下エアラインとなったラウダ航空はブランドこそ残ったが、域内だけの近距離路線のみの運航となり、積極的に導入していた長距離機材のワイドボディ機はオーストリア航空に移籍した。
08年にはルフトハンザが同社の株式を購入して、ルフトハンザグループに参加。
12年にはラウダ航空を完全に統合、15年には系列子会社で国内線専門の「チロリアン航空」も統合した。
当初旧ラウダ航空とチロリアン航空の機材と路線は、「オーストリア・アローズ」と言う別名を持っていたが、現在はオーストリア航空に統一されている。
ラウダ航空との統合は、同社の大きな変革のきっかけとなり、機材も大幅に再編された。
長距離機材は2000年代までは自社導入機材のA330/340だったが、以降ラウダ航空から移籍したB777-200ERに統一し、2機種を全て引退させている。
一方近距離機材は、エアバス機に統一し、やはりラウダ航空から移籍した新しいB737-700/800を全機引退させると言う荒療治を行っている。
↑新しいながら引退した元ラウダ航空のB737-800(ウィキペディア英語版より)
現在オーストリア航空の長距離機材は6機ずつ保有するB777-200ERとB767-300ERで、いずれもラウダ航空の機材である(777は他の中古機で補充している)。
12機体制で北米線のほか、東南アジア、中国、そして日本線を運航し、東京は同社最遠の就航地の一つである。
近距離線用に使われているフォッカー100はチロリアン航空機だが、現在ルフトハンザから移籍しているE195と交替した。
↑(2枚)元チロリアン航空のフォッカー100(ウィキペディア英語版より)
国内線のほか、周辺諸国への国際線は17機のE195、そして17機のプロペラ機DHC-8-400が運航する。
A320シリーズは、319・321も保有するが高需要路線の他、中東路線やアフリカ線などの主力として運航する。
同社はもちろんフルサービスキャリアだが、キャビンはビジネスクラスを含む2クラス制。
最近ビジネス・エコノミークラスの大幅な刷新が行われ、日本線の777も新サービスに移行している。
「食の国」と言われるだけあって、ミールサービスは評価が高い。
専門のケータリング会社と独占契約し、便によっては「フライングシェフ」と言うシェフが調理を担当する。
↑(2枚)777と767に設置される新キャビン。上がビジネスクラス(オーストリア航空提供)
新キャビンとサービスはワイドボディ機の777と767だけ。
ナローボディ機は、ヨーロッパ特有の「なんちゃってビジネスクラス」である。
これは予約に応じて「ビジネスクラス」を設定するもので、座席は全てエコノミーと共通である。
代わりにA320シリーズでは真ん中の座席をクローズし、3-3の座席を2-2で使用するだけ。
もちろんミールやドリンクは、ビジネスクラス用がサービスされる。
↑フォッカー100の「ビジネスクラス」。クローズされる座席はボードが置かれている(ウィキペディア英語版より)
プロペラ機のDHC-8-400のビジネスクラスの設定はないが、概ね2時間半以上のフライトでは全クラスでホットミールが提供されるほか、それ以下のフライトではコールドミールやスナック類、ソフトドリンクが提供される。
日本人にとってオーストリアと言うと、チョコレートを使ったケーキ「ザッハトルテ」や、生クリームを浮かべた「ウィンナコーヒー」を思い出すが、同社フライトではもちろん提供される。
本格的サーブと言う点では是非ビジネスクラスで味わいたいが、長距離線ではエコノミークラスでもデザートメニューで提供されている。
↑(3枚)専門のケータリング会社がサーブするミール類(オーストリア航空提供)
日本ではあまり知られていないが、オーストリアは良質のワインを生産する国でもある。
山岳地帯が多いので、生産量は少ないが赤・白とも評価の高いワインが多い。
「モーツァルト」「シュトラウス」と言った名前のワインもあって、機内では同国産のワインやビールを味わう事も出来る。
昨今LCCの台頭で、メジャーキャリアも短距離路線でのサービスは「有料」が増えている。
メジャーの有料メニューは手のかかったものが多く、LCCのそれとは格が違うとされるが、一方で昔以上に丁寧で上級なサービスを行うエアラインも増えつつある。
↑(2枚)長距離機材のB767-300ER(ウィキペディア英語版より)
大手メジャーだけでなく、途上国のエアラインや小国のエアラインでも運賃は安いながら、フルサービスに近いエアラインが増えて来ている。
日本では元々国内線が短距離のため、せいぜいコーヒーかお茶1杯・・が慣れていて、ミールは上級クラスか国際線と言うイメージが強い。
だから「ピーチ」の様にLCCながら、全て「有料メニュー」にすることで、機内で食事が楽しめる事になっているが、海外ではフライトタイムでサービスをわりふることが多く、中には1時間未満でもサンドイッチなどのコールドミールは普通に提供するエアラインも多い。
特に海外のLCCの有料メニューは「当たり外れ」が大きく、スナック類やお菓子類と言った既製品以外はNG・・という評判のLCCが多い。
日本だったら「詐欺」と言われても仕方ない様な物も珍しくなく、メニューに載せられたハムと野菜がはみ出さんばかりのサンドイッチが、実際オーダーするとパンはボソボソ、味の悪いマーガリンに薄いハム1枚と、しなびたレタス1枚・・なんてものがあったりするらしい。
フルサービスキャリアでは、そうしたLCCの「痛し痒し」を充分理解して、不足ないサービスで顧客を確保しようとしている。
↑(2枚)近距離幹線と中距離路線に投入されるA319と320(ウィキペディア英語版より)
オーストリア航空は、今のところ80機以上の保有機材の大幅な刷新計画はない。
メジャーでは非常に珍しいと言えるが、導入の経費をかけず、既存の機材で凌ぐ代わりサービスを拡充させると言う手法である。
手堅いと言える方法であるが、ルフトハンザグループになったことで、機材の融通も効きやすくなっており、敢えて独自の更新計画を持たずとも少しずつならば刷新出来ると言うメリットがある。
流行のA350やB787、A320neoシリーズの具体的な導入計画は今のところない。
チロリアン航空のフォッカー100を、ルフトハンザのE195に入れ替える以外、大きな動きは見られない。
大型機がB777-200ERとB767-300ERなので、近い将来交替の時期を迎えることは間違いないが、キャビンを一新したので、少なくとも数年以上は主力機として運用されるだろう。
両機種とも、程度の良い中古機が多く出回っているので、それで補充するか、ルフトハンザの機材の移籍もありうる。
自社では無理をせず、その分サービスに費用をかけて顧客確保していると言う事だろう。
日本人にもオーストリアは人気の観光地だが、先に書いたように中欧のゲートウェイとしての機能もあるため、同社利用で中欧各方面への乗り継ぎが便利になっている。
↑(3枚)国内線と近隣諸国線に運航するDHC-8-400。同機の「スターアライアンス」塗装は珍しい(ウィキペディア英語版より)
塗装は80年代以降何度か変更されているが、オーストリア国旗をモチーフとした赤と白の基本は継承されている。
2010年代にはアクセントとして、胴体下部とエンジンがライトブルーに塗られることになったが、E195の導入に合わせ、再び変更され、ライトブルーが消えた。
アクセントとは言え、若干チグハグな配色と思っていたが、同社もそう思っていたらしい。
マイナーチェンジなので、全機が変更されるには時間を要するだろうし、すぐに気付きにくい変更ではある。
↑シンプルだがすっきりしたデザインに変更されたE195LR(ウィキペディア英語版より)
夜に雨は何とか止んでおり、泉中央のユアスタではサッカー・ベガルタ仙台のホームゲーム。
ナイトゲームだったが、この冴えない天気では、サポーターも大変だっただろう。
ちょうど試合が終了し、ユアスタから帰ってくる所に居合わせた。
しかしまっすぐ帰る人が多く、さては負けたかな・・と思ったが、ちゃんと勝利・連勝していた。
日曜夜に雨だから、まっすぐ帰宅して当然か。
と言うより、日曜日のゲームなら、もう少し早くても良いのでは?
19時開始だったと思うが、日曜日は17時ことでも良いと思う。
サポーターの中には、対戦相手コンサドーレ札幌のレプリカを来ている人がかなりいる。
タイミングから、わざわざ北海道から来たサポーターは少ないはずで、在仙サポーターと言う事になる。
なるほど、仙台は転勤などで北海道から移住してくる人が多い。
でも仙台にいながら、コンサドーレのサポーターがこんなに多いと言う事は、野球ファンもイーグルスだけでなく、ファイターズファンも…まあ、どうでも良いことではある。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
雨は大丈夫でしたか?
明日も雨が降りやすく、ベタベタした1日になりそうです。
気分も優れなくなりますが、外出の際には足元に注意して下さい。
体調間Hりにも、気をつけて嫌な季節を乗り切って下さい。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
妹が門 行き過ぎかねつ ひさかたの 雨もふらぬか そを因にせむ(万葉集巻十一 2685 物に寄せて思を陳ぶ)
変わり映えしないどっぷり梅雨空。
梅雨前線が停滞する西日本では、降り始めから200ミリ以上を記録し、川が氾濫した地域も。
雨は少なくとも水曜日頃まで続きそうで、災害に警戒が呼びかけられている。
仙台では土砂降りになることはないものの、終日降った止んだりを繰り返す。
気温も上がらず湿気寒いままで、洗濯物も今日中に乾くのは当然諦め。
夏の良いところは、洗濯物があっという間に乾く事「ぐらい」なのだけど、今日のコンディションは最悪だ。
せっかくの週末もこれではテンションを上げたくても上げられず、家でゴロゴロ・・で終わった人も多いのでは?
でも何だか納得しない、釈然としない週末になってしまったことは確かだ。
季節として仕方ないのだけれど、ここ数年「カラ梅雨」気味だった事が多かったから、じっとり梅雨はちょっと面喰らう。
特に九州南部では、48時間以上も土砂降りが続いていて、気象庁が新しく設定した避難情報の「レベル4」が出されている。
今のところまだ大きな被害は出ていないが、川の氾濫や冠水は広がっている。
近年この時期になると起きる洪水災害。
行政やメディアは危機管理として、情報収集と躊躇しない避難を呼び掛けているが、危険な場所が分かっていて、なぜ治水を徹底しないのかと思う。
本末転倒な事で、昨年も上流のダムが満水になって止むなく「放流」。下流の地域が洪水被害を受けたことがあった。
これなど正に「万が一の予想」はつくはずで、相変わらず「想定外だった」と言い訳する。
今はコンピューターで様々な予測・シュミレーションが可能なのだから、避難云々より治水工事をなぜ行わないのか疑問だ。
結果「政治と金」に行きつくと言う事だろうが、万が一にお金を使う事を躊躇する政治家や行政を放っておいてよろしいのか、と言いたい。
飛行機ネタ。
文字にしてしまうと間違えやすい「オーストラリア」と「オーストリア」。
英語つづりにしても「Australia」「Austria」と、実に紛らわしい。
一瞬「どっちがどっち?」なんて、迷う事もあるかも知れない。
ここで取り上げるのは「オーストリア」の方で、ヨーロッパの真ん中にある小国である。
なぜこんなに通った名前になったのかと言うと、「オーストラリア」はラテン語の「南の国」を意味する「オストラル」が起源である。
一方「オーストリア」は、ドイツ語の「Österreich」('エ'と'オ'の中間のような発音)からついた名前である。
何年か前紛らわしいことから、在日オーストリア大使館が英語の発音に近い「オーストリー」に変更して欲しいと政府に呼びかけ、日本側もそれに応じたが、すでに半世紀以上書物や教科書などは「オーストリア」になっていることから、強制的変更はなかった。
どうでもいいわ・・・なのだけど、両国は地球の反対側に位置するほど遠く離れた国同士であり、何の共通性もないので、混同されるのは不愉快と言う気持ちは分からなくもない。
オーストリアの面積は約8.3まmm平方キロで、北海道とほぼ同じ。
人口は約850万人、首都ウィーンは都市圏人口で約200万の同国最大の都市である。
オーストリアと言えば、13世紀に始まったヨーロッパ最大の王家「ハプスブルグ家」のおひざ元として有名であり、「オーストリア帝国」は20世紀初頭までの600年以上君臨した。
同一王家・国家と言う点では、ヨーロッパでは最も長い王朝国家であった。
特に17世紀以降、カトリック教皇の力が衰えると、ヨーロッパは各地の領主・王家が分割支配する時代を迎える。
ハプスブルグ家は、各国の王家と姻戚関係を結ぶことで「本家」の位置を固め、やがて「オーストリア・ハンガリー2重帝国」と言う、極めて特殊で曖昧な巨大帝国を形成した。
その影響力はロシアや、オスマン帝国まで及び、首都のウィーンは正に帝国、そしてヨーロッパ世界の「中心」であった。
そうした状況から、同国は近代の先進文化が多く集まる場所となり、18世紀から19世紀にかけては多くの文化や芸術が発展した。
モーツァルト、ハイドン、シュトラウスと言った音楽家は「宮廷音楽家」として重用され、同国の文化発展に大きく寄与したほか、化学や医学、哲学や文学など、あらゆる分野に置いて現代に繋がる基礎を築いた帝国であった。
だが19世紀初頭にフランスのナポレオンが、言わば軍事政治を台頭させて戦火を広げた後に敷かれた「ウィーン体制は、王族同士の保身だけの体制に戻すことになり、国民の不満は各地で高まって行った。
第一次大戦で同国は多くの領土を失い、現在の形になって共和制を敷いたが、今度は30年代にヒトラー率いるナチス・ドイツに占領された。
ヒトラー自身、元々ウィーン出身のドイツ人で、権力を握って最初に行ったのが「オーストリア併合」である。
現在は「占領」とされているが、生まれ故郷のオーストリアをドイツと一体化する事に、ヒトラーは何の疑問も持っていなかったし、むしろオーストリアのため・・と思っていたと言う。
オーストリアの公用語はドイツ語で、国民も「ドイツ系」が大半である。
しかし戦後連合国は「ドイツ」の一部だった同国を占領・共同管理地に置いたのだが、市民は「ドイツ人」なのか「オーストリア人」なのかで揉めた。
即ち「ドイツ人」であり、その国家であればドイツ本国と同じく「敗戦国」扱いになるし、そうでなければ「解放区」と言う扱いになる。
結局ヒトラーの「併合」は「侵略」であることと認定し、オーストリアは「解放区」とされた。
同時に国民は「オーストリア人」であって、「ドイツ人」ではないことにされたのである。
この感覚は今も続いており、「ドイツ人」をドイツ語を話し文化的な「民族」なのか、法的な措置に寄る「国籍」で言うのか、日本人には理解の難しい一面がある。
人類学的には「ドイツ人」であるはずだが、文化的には似ていても「オーストリア人」であってドイツ人ではない・・と言うのが認識なのだそうだ。
こうした背景から、戦後復興は遅れ、主権を取り戻したのは55年のことであった。
日本より2年も遅れたのは、ドイツと同格なのかどうかで米英仏とソ連が駆け引き下からであり、独立後の新生「オーストリア共和国」は、政治的に一切同盟に属さない「永世中立国」になった。
57年に設立されたのがフラッグキャリア「オーストリア航空」で、現在も同国最大のエアラインになっている。
オーストリアは隣国スイスと同じく、永世中立国であると同時にヨーロッパアルプスの真ん中に位置する内陸国である。
首都ウィーンのある東部はヨーロッパ大平原の端に位置するため、市内を大河のドナウ川が流れる。
山がちの国のため、公共交通は早くから整備されているが、主体は鉄道と道路である。
この辺は「ドイツ系」の強みだろうか、20世紀初頭から最新技術が持ちこまれ発達した。
一方航空は山の天候に左右されやすいことから、主に海外向けに運航されてきた。
国内は現在も空港は数か所と少なく、国内移動は鉄道と高速道路の方が便利で確実。
↑(2枚)日本にも就航するオーストリア航空最大機材B777-200ER(ウィキペディア英語版より)
そのためフラッグキャリアとしては小ぶりなエアラインであったが、現在は航空同盟「スターアライアンス」に加盟。82機保有し、130都市に就航する。
冷戦終結後、旧東ヨーロッパを「中央ヨーロッパ」と変更し、位置的にオーストリアも「中欧」に含まれることが多いが、その中では最も大きなエアラインに成長した。
日本へは89年にA310で初就航、当初はモスクワ経由で運航されていた。
94年には関空線も開設し、機材もA330-200/A340-200に拡大された。
関空線は運休になったが、その枠を成田線に集約し、利便性を高め、機材もB777に変更したが、16年に日本の経済不振を理由に運休。
東京行きは「香港便」に振り分けられた。しかし直後に香港経済の方が低落し始め、昨年日本線に復活を果たしている。
オーストリアは冷戦時代、永世中立国と言う事とハンガリーやチェコなど「東欧」と国境を接していたことで「窓口」としての役割を持っていた。
冷戦終結後もその役割は続き、東欧路線が充実していたエアラインとしても知られていた。
↑日本線に最初に投入されたA310-300(ウィキペディア英語版より)
同社が変貌を遂げたのは90年代末、ライバルであり当時同社より規模が大きかった民営エアライン「ラウダ航空」を傘下に置いた時からである。
ラウダ航空は70年代、F1ドライバーのチャンピオンだった「ニキ・ラウダ」が設立したエアライン。
85年に設立され、バンコク経由シドニー線など、オーストリア初の長距離路線を運航し、成長を遂げていた。
しかし91年にバンコク便のB767が、巡航中突然「リバーサ(逆噴射装置)」が故障して空中で作動し、墜落すると言う事故を起こし、以降業績が悪化。
CEOだったニキ・ラウダは、ラウダ航空の経営権をオーストリア航空に譲渡した(自身はニキ航空と言う、新たなエアラインを設立した)。
↑ラウダ航空のB777-200ER(ウィキペディア英語版より)
傘下エアラインとなったラウダ航空はブランドこそ残ったが、域内だけの近距離路線のみの運航となり、積極的に導入していた長距離機材のワイドボディ機はオーストリア航空に移籍した。
08年にはルフトハンザが同社の株式を購入して、ルフトハンザグループに参加。
12年にはラウダ航空を完全に統合、15年には系列子会社で国内線専門の「チロリアン航空」も統合した。
当初旧ラウダ航空とチロリアン航空の機材と路線は、「オーストリア・アローズ」と言う別名を持っていたが、現在はオーストリア航空に統一されている。
ラウダ航空との統合は、同社の大きな変革のきっかけとなり、機材も大幅に再編された。
長距離機材は2000年代までは自社導入機材のA330/340だったが、以降ラウダ航空から移籍したB777-200ERに統一し、2機種を全て引退させている。
一方近距離機材は、エアバス機に統一し、やはりラウダ航空から移籍した新しいB737-700/800を全機引退させると言う荒療治を行っている。
↑新しいながら引退した元ラウダ航空のB737-800(ウィキペディア英語版より)
現在オーストリア航空の長距離機材は6機ずつ保有するB777-200ERとB767-300ERで、いずれもラウダ航空の機材である(777は他の中古機で補充している)。
12機体制で北米線のほか、東南アジア、中国、そして日本線を運航し、東京は同社最遠の就航地の一つである。
近距離線用に使われているフォッカー100はチロリアン航空機だが、現在ルフトハンザから移籍しているE195と交替した。
↑(2枚)元チロリアン航空のフォッカー100(ウィキペディア英語版より)
国内線のほか、周辺諸国への国際線は17機のE195、そして17機のプロペラ機DHC-8-400が運航する。
A320シリーズは、319・321も保有するが高需要路線の他、中東路線やアフリカ線などの主力として運航する。
同社はもちろんフルサービスキャリアだが、キャビンはビジネスクラスを含む2クラス制。
最近ビジネス・エコノミークラスの大幅な刷新が行われ、日本線の777も新サービスに移行している。
「食の国」と言われるだけあって、ミールサービスは評価が高い。
専門のケータリング会社と独占契約し、便によっては「フライングシェフ」と言うシェフが調理を担当する。
↑(2枚)777と767に設置される新キャビン。上がビジネスクラス(オーストリア航空提供)
新キャビンとサービスはワイドボディ機の777と767だけ。
ナローボディ機は、ヨーロッパ特有の「なんちゃってビジネスクラス」である。
これは予約に応じて「ビジネスクラス」を設定するもので、座席は全てエコノミーと共通である。
代わりにA320シリーズでは真ん中の座席をクローズし、3-3の座席を2-2で使用するだけ。
もちろんミールやドリンクは、ビジネスクラス用がサービスされる。
↑フォッカー100の「ビジネスクラス」。クローズされる座席はボードが置かれている(ウィキペディア英語版より)
プロペラ機のDHC-8-400のビジネスクラスの設定はないが、概ね2時間半以上のフライトでは全クラスでホットミールが提供されるほか、それ以下のフライトではコールドミールやスナック類、ソフトドリンクが提供される。
日本人にとってオーストリアと言うと、チョコレートを使ったケーキ「ザッハトルテ」や、生クリームを浮かべた「ウィンナコーヒー」を思い出すが、同社フライトではもちろん提供される。
本格的サーブと言う点では是非ビジネスクラスで味わいたいが、長距離線ではエコノミークラスでもデザートメニューで提供されている。
↑(3枚)専門のケータリング会社がサーブするミール類(オーストリア航空提供)
日本ではあまり知られていないが、オーストリアは良質のワインを生産する国でもある。
山岳地帯が多いので、生産量は少ないが赤・白とも評価の高いワインが多い。
「モーツァルト」「シュトラウス」と言った名前のワインもあって、機内では同国産のワインやビールを味わう事も出来る。
昨今LCCの台頭で、メジャーキャリアも短距離路線でのサービスは「有料」が増えている。
メジャーの有料メニューは手のかかったものが多く、LCCのそれとは格が違うとされるが、一方で昔以上に丁寧で上級なサービスを行うエアラインも増えつつある。
↑(2枚)長距離機材のB767-300ER(ウィキペディア英語版より)
大手メジャーだけでなく、途上国のエアラインや小国のエアラインでも運賃は安いながら、フルサービスに近いエアラインが増えて来ている。
日本では元々国内線が短距離のため、せいぜいコーヒーかお茶1杯・・が慣れていて、ミールは上級クラスか国際線と言うイメージが強い。
だから「ピーチ」の様にLCCながら、全て「有料メニュー」にすることで、機内で食事が楽しめる事になっているが、海外ではフライトタイムでサービスをわりふることが多く、中には1時間未満でもサンドイッチなどのコールドミールは普通に提供するエアラインも多い。
特に海外のLCCの有料メニューは「当たり外れ」が大きく、スナック類やお菓子類と言った既製品以外はNG・・という評判のLCCが多い。
日本だったら「詐欺」と言われても仕方ない様な物も珍しくなく、メニューに載せられたハムと野菜がはみ出さんばかりのサンドイッチが、実際オーダーするとパンはボソボソ、味の悪いマーガリンに薄いハム1枚と、しなびたレタス1枚・・なんてものがあったりするらしい。
フルサービスキャリアでは、そうしたLCCの「痛し痒し」を充分理解して、不足ないサービスで顧客を確保しようとしている。
↑(2枚)近距離幹線と中距離路線に投入されるA319と320(ウィキペディア英語版より)
オーストリア航空は、今のところ80機以上の保有機材の大幅な刷新計画はない。
メジャーでは非常に珍しいと言えるが、導入の経費をかけず、既存の機材で凌ぐ代わりサービスを拡充させると言う手法である。
手堅いと言える方法であるが、ルフトハンザグループになったことで、機材の融通も効きやすくなっており、敢えて独自の更新計画を持たずとも少しずつならば刷新出来ると言うメリットがある。
流行のA350やB787、A320neoシリーズの具体的な導入計画は今のところない。
チロリアン航空のフォッカー100を、ルフトハンザのE195に入れ替える以外、大きな動きは見られない。
大型機がB777-200ERとB767-300ERなので、近い将来交替の時期を迎えることは間違いないが、キャビンを一新したので、少なくとも数年以上は主力機として運用されるだろう。
両機種とも、程度の良い中古機が多く出回っているので、それで補充するか、ルフトハンザの機材の移籍もありうる。
自社では無理をせず、その分サービスに費用をかけて顧客確保していると言う事だろう。
日本人にもオーストリアは人気の観光地だが、先に書いたように中欧のゲートウェイとしての機能もあるため、同社利用で中欧各方面への乗り継ぎが便利になっている。
↑(3枚)国内線と近隣諸国線に運航するDHC-8-400。同機の「スターアライアンス」塗装は珍しい(ウィキペディア英語版より)
塗装は80年代以降何度か変更されているが、オーストリア国旗をモチーフとした赤と白の基本は継承されている。
2010年代にはアクセントとして、胴体下部とエンジンがライトブルーに塗られることになったが、E195の導入に合わせ、再び変更され、ライトブルーが消えた。
アクセントとは言え、若干チグハグな配色と思っていたが、同社もそう思っていたらしい。
マイナーチェンジなので、全機が変更されるには時間を要するだろうし、すぐに気付きにくい変更ではある。
↑シンプルだがすっきりしたデザインに変更されたE195LR(ウィキペディア英語版より)
夜に雨は何とか止んでおり、泉中央のユアスタではサッカー・ベガルタ仙台のホームゲーム。
ナイトゲームだったが、この冴えない天気では、サポーターも大変だっただろう。
ちょうど試合が終了し、ユアスタから帰ってくる所に居合わせた。
しかしまっすぐ帰る人が多く、さては負けたかな・・と思ったが、ちゃんと勝利・連勝していた。
日曜夜に雨だから、まっすぐ帰宅して当然か。
と言うより、日曜日のゲームなら、もう少し早くても良いのでは?
19時開始だったと思うが、日曜日は17時ことでも良いと思う。
サポーターの中には、対戦相手コンサドーレ札幌のレプリカを来ている人がかなりいる。
タイミングから、わざわざ北海道から来たサポーターは少ないはずで、在仙サポーターと言う事になる。
なるほど、仙台は転勤などで北海道から移住してくる人が多い。
でも仙台にいながら、コンサドーレのサポーターがこんなに多いと言う事は、野球ファンもイーグルスだけでなく、ファイターズファンも…まあ、どうでも良いことではある。
元気ですか?
今日は良い一日でしたか?
体調はどうですか?
風邪など引いてませんか?
雨は大丈夫でしたか?
明日も雨が降りやすく、ベタベタした1日になりそうです。
気分も優れなくなりますが、外出の際には足元に注意して下さい。
体調間Hりにも、気をつけて嫌な季節を乗り切って下さい。
明日もどうかお元気で。
君に笑顔がありますように。
お休みなさい。
妹が門 行き過ぎかねつ ひさかたの 雨もふらぬか そを因にせむ(万葉集巻十一 2685 物に寄せて思を陳ぶ)





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